フレデリカ・クラーク その1
鍋の蓋を開け、中の様子を伺う。
部屋の中に、香ばしい匂いが広がっていく。
特製のタレに、大きな肉の塊が浸かっている。
肉にタレが染み込んでいき、徐々にタレの色に染まっていく。
「うん、我ながら上手くいったわね。これならホークも喜んでくれそう」
火を止めて、鍋からそっと肉の塊を取り出し、調理台の上に移す。
「やっぱり男の人って、こういうガッツリの濃い味系が好きよね」
あっ……なんかコレ、好きな人に料理を作る乙女みたい。
ホークは私の命の恩人だけど、どっちかっていうと恋人と言うよりお父さんかお兄ちゃんって感じだ。
それに、私はホークに命を救われた。いま私がこうして生きているのも彼のおかげである事は間違いない。
3年前。15歳の時。私は敵国の兵士に殺されかけていた。
その時の事ははっきり思い出せないけれど、ショッキングな映像が断片的に頭に残っている。
大きなお屋敷のエントランスの様な場所で、私は床に這いつくばるように倒れていた。
顔を上げると、服を切り裂かれ、半裸状態の女の人が私に向かって手を伸ばしている。
次の瞬間、女の首が胴体から離れた。
床に大きな、赤い水たまりができあがる。
反射的に顔を背ける。
しかし、そこにも全裸で首のない死体がいくつも積まれていた。
胸にある膨らみから、女性のものだとわかった。
「フレデリカぁ……助け……て」
私に助けを求める声がする……
視線だけを声のする方向に向けた。
そこには、私にとって、一番大切な人がいた。
「あぁ……お父様……お母様……」
声の主は私の母親の声だった。
隣に倒れている父親の胸には、剣が二本突き刺ささっている。おそらく……もう……
「うう……お……父さ……ああっ、ううっ」
優しかった父親の記憶が蘇る。
涙と鼻水が混じりあった味がする。
誰か……助けて……助けてよぉ。
せめて……せめてお母様だけでも。
「お願いします……お母様を助けてください、助けてくださ……ああ……うう」
最後は言葉にならなかった。
「フ……レデリカわがぁぁぁ!」
私を求めるように出していた母親の右手が切断された。
左手、左足、右足……
順番に地面に転がっていく。
四肢が地面に落ちるたびに血しぶきが私の顔を赤く染めていった。
母親の断末魔に近い絶叫が建物の中に響く。
「うわぁぁ!おかぁさまぁ!おかぁさまぁ!もうやだぁ、もうヤメてぇー!ヤメっゔぅぶ!」
うしろから誰かの手が伸びてきて私の首を絞めはじめた。
「うぅぅ……ぐっ、うぐ」
生まれて初めて首を絞められた。
呼吸ができない事がこんなに苦しいなんて。
長いブロンドの髪も乱暴に掴まれてすごく痛い。
別の手が私のドレスを引きちぎる。
すべての衣服を剥がされたが、そんな事はどうでもよかった。
息が、手を離して。私……死んじゃう……あぁ……
意識が遠のく。
記憶の最後にあるのは、目を見開いた母親の首が転がってくる映像だった。
意識が戻った時。私は兵隊さんの腕に抱きかかえられていた。
頭がズキズキ痛む。
兵隊さんの体温を感じ、自分が生きている事を実感した。
この兵隊さんがホークだった。
意識を失い、乱暴されかけた私をホークが助けてくれたと、彼の同僚が教えてくれた。
私は、自分が裸である事に気づき、何か言おうとしたところで再び意識を失った。
病院のベッドで目覚めた時、私が覚えている事は、自分の名前と屋敷での惨劇だけだった。
それ以前の記憶はいまだに戻らない。
ビィー
来客を知らせる知らせるブザーがなった。
扉の外を映し出すモニターは、息を切らしてしゃがみ込んでいる約束の相手を映し出している。
「フレデリカ!ごめん!会議で絡まれてしまって。帰してもらえなかった。ほんとごめん!」
あのマイペースのホークが早口で謝罪している。
そりゃそうよね。四時間も待たされたんだから。
「しょうがないわ。仕事だったんだから。別に怒ってないわよ。それより座って。私はとってもお腹が空いているの。女の子にハラペコって言わせないでよね。早く食べましょ」
パートナーを部屋に招き入れソファーに座らせ、料理の仕上げへとキッチンへと戻る。
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