番外編 早坂凛 死が二人を別つとき…… その1
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「嘘……」
その最悪な知らせは突然やってきた。
それは、大切な人の訃報だった。
「やっと……やっとの想いで気持ちを伝えて……一緒になれて……もうすぐ……」
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の隅っこで、その少女『早坂凛』はうずくまっていた。
両腕で膝を抱え、うつむき、ブツブツと何かを呪文の様に呟いている。
もしも、ここに人がいたのならば、その呪文は男性の名前である事がわかったはずだ。
その朝、早坂凛の自宅のマンションに一組の男女がたずねてきた。
金髪のツンツン頭の男と長い綺麗な黒髪の女だ。
恋人同士には見えない。勤務先の同僚と言ったところだろうか。女の方が男の一歩後ろに立っている事から、男の方が上司になるのだろう。
男は柄のシャツにサンダル。チャラい印象だった。年は二十代だろうか。
一方、女性の方はスーツ姿で身なりもしっかりとしている。顔の造形もスタイルも優れている。長い黒髪も美しかった。こちらも年は男と同じくらいに見える。
何かアンバランスな組み合わせだ。
「おはようございます。早坂凛さんでいらっしゃいますか?」
最初に男が口を開く。
二人とも早坂凛の記憶にはない顔だった。だが会話を重ねるうちに、彼らが早坂凛の『大切な人』の友人である事が分かった。
男は話す。
昨日の朝、ある男性が自宅で死亡しているのが発見された。
その男性の部屋には交際相手からのものと思われる手紙が保管してあったという。手紙の封筒には差出人の住所と名前が書かれていた。その住所を辿ってみたところ早坂凛の自宅マンションに辿り着いた。
男性の話からすると死因はまだ判明しておらず、現在は警察で検視中。おそらく急性的な心臓の発作であろうという事だった。
初対面の怪しい二人組からの話だったので最初は詐欺の類いかと疑った。しかし自分の筆跡で書かれた手紙を見せられてしまっては、さすがに信じるしかなかった。
だが、昨日まで普通に生活していた親しい人間が亡くなったなどすぐには受け入れられるものではない。現実味がない。信じられない。信じたくない。
二人の男女は他にも詳細を事細かく説明してくれていたみたいだったが、ショックで混乱中の早坂凛の頭には入ってこなかった。実際、それらの内容は記憶に残っていない。
気がつくと、早朝からの来客はいなくなっていた。
倒れる事もへたり込む事もできなかった。ただ玄関に立ち尽くす。遠くで救急車の音が聞こえる。全く関係ない事だろうが彼女には癪に触る嫌な音だった。
テレビから凶悪な事件や悲惨な事故のニュースが流れてきていたが今の早坂凛にとってはどうでもよかった。
彼女はたまに呻き声をあげた。そしてまた肩を震わせながら泣いた。それを一晩中、何度も何度も繰り返す。
テレビの音が彼女の泣き声を消してくれていた。
朝日が昇り、カーテンの隙間から光が差し込みはじめた。
彼女は視線を床に向けたまま立ち上がる。
服を全て脱ぎ捨て、そのまま浴室に向かう。
冷水のままのシャワーを頭から浴びながら、次にやらなければならない事を心の中で何度も復唱していた。
絶望のどん底にいるとはいえ、ただ倒れているわけにはいかなかった。
彼女は大切な彼とある約束をしていた。
それは、二人のどちらかの命が尽きた時、残った方はあとを追う。そして天国で落ち合い、再び愛を紡ぎ直そう。
そういう約束だった。
現実的な話ではなかったが、今の彼女にとっては唯一の希望であり、唯一の心のよりどころだった。
突然ですが早坂凛の過去話です。
おそらく6話ほど続く予定です。
お暇な時間がありましたらお願いします^_^