叡智の遺産 その5
意識が現実に帰ってきた。
あたりを見回すと叡智さんが見せてくれたビジョンのままだった。決して良好な状況じゃないのは確かだ。
顔が涙でぐしょぐしょだ。目元にジンジンとした痛みがある。
「私ってば。また大泣きしてる」
顔に手の甲をゴシゴシと擦りつけ、涙とそれによってこびり付いた土を剥がし落とす。
目にある涙を拭い去り気付く。自分のまわりを光の粒が円を描くように舞っていた。
これは……叡智さんの魂。
「叡智さん……ごめんなさい。私がもっと鍛錬して強い力を身につけていたら。闘うの好きじゃないからって魔法も勉強しなかったし。大切なものを守るためには強い力も必要だったんだ。気付くのが遅すぎちゃった。ほんとにごめん……」
光の粒子は頭の上をクルクルと回りながら天に向かい上昇し、空気に溶け込むように消えた。
「いままでありがとう。やらなければいけない事もわかった。もう迷いもない。いま私がやらなければいけないこと。それは……」
指の先からつま先まで体全体に力を込めて立ち上がる。
相手が天使だろうが神だろうが関係ない。
私の大好きな世界や親友を傷つける奴は絶対に許さない。
その為には悪魔だろうが魔王だろうが何にでもなってやる。
人間の粘り強さを思い知らせてやる。
「私の名は魔王フレデリカ。この世界に害する天使を討ち滅ぼさん。大天使。あなたを消す方法は私の聖騎士が教えてくれた。悪いけど全力でやるから!手加減できないから!覚悟して!」
「あら。『魔王』とか名乗りをあげちゃって。完全に私と敵対しちゃうじゃない」
いつのまにかタマヨリが横に立っていた。
彼女がいてくれてよかった。
タマヨリは三人の勇者の治療を行なってくれていた。
彼女のおかげで彼らの命は救われた。
「ありがとタマヨリ。おかげで勇者たちの命が救われたわ。それで、あなたにお願いがあるのだけど。いいかな?」
天使を倒すのには助けが必要だ。いまの状況ではタマヨリにしかお願いできない。
「いいよフレデリカ。で、何を企んでいるのかな?アイツを倒す方法があるんでしょ?」
「まあね。叡智さんが残してくれた秘策があるの。その為に時間が欲しいの。三分くらいでいい。時間を稼いでほしいの」
「お安いご用……とまでは言えないけど承ったわよ」
口元に浮かぶニヤリとした笑みが頼もしく見える。
実際、近接のやり取りなら彼女は誰よりも強い。
「ありがと。自分の命優先でお願い。絶対に死なないでね」