帰路 その1
「ふぅ、はぁ、はぁ」
こんなにも体力ないなんて……
あれから四日が経過していた。
私が乗ってきた車両は聖騎士に壊されてしまった。基地に帰還するにはホークが乗ってきた三輪のオフロードバイクが頼みの綱だった。
しかし、ガソリン専用車両で魔法接続ができない。二日目に入る前に燃料切れを起こしてしまった。ホークは途中の町で補給するつもりだったみたいだけど、その町は来る時、大隊長が破壊してしまった。
「フレデリカ、大丈夫か?もう少しで身を隠せるところまで行けるから。今日はそこで休もう」
そうだ。ここは敵国のど真ん中だった。野営するには身を潜める場所を確保しなくてはいけない。
敵兵士に捕捉されたら、ホークはともかく私なんて一貫の終わりだ。
戦闘車両から降りた私なんて足手まといにしかならない事は、今回の出撃で思い知った。
「ごめん。私足手まといで。あなたが歩く速度を合わせてくれている事はわかっているわ。一人だったら、もっと早く帰還できているよね……」
「気にするな。君がいなかったら敵国のこんな深いところまで来る事自体が出来ないんだからな」
「ホークってさ本当に優しいよね。ありがと」
普段はあんなだけど、ずっと私の事を見守っていてくれる。私は彼のそういうところに惹かれたんだ。
やばい。そんな事を考えると自然と顔が綻んでしまう。いまの表情を見られたら、私の気持ちを気取られてしまうかもしれない。恥ずかしい。
「フレデリカが素直にオレの事を褒めるなんて珍しいな。もしかして敵に何か精神的な攻撃でも受けたのか?帰還したら医療班に診てもらえよ」
はぁ……これだから。
照れ隠しなのか、私の事をからかっているのかはわからないけど、いつもこんな感じだ。
うぅ……なんかイライラする。
ホークが雰囲気とかを大事にしてくれる人だったら、私達とっくに付き合っていると思う。
ホークも私の事……想ってくれると思う。自惚れや勘違いじゃなくて。たぶん。
あぁ。このまま二人で、どこか遠くの土地で静かに暮らしたい。戦争なんてない国でゆっくりのんびりと生活を送りたい。
この人と一緒なら復讐なんてどうでもいい。きっと、あの嫌な記憶も、和やかで優しい記憶で上書きして忘れさせてくれる。
うわっ。てか私、完全にホークのこと好きになってる。しかも、そんな相手と二人きりで何週間も旅する事になるなんて。ここ何日かお風呂にも入れてないし。体臭大丈夫かな。
「フレデリカ。今日はここで休もう」
意識を脳内妄想から現実に返す。
いつの間にか、まわりの景色が岩場に囲まれた高台になっている。妄想しながらこの高さの岩場を移動していたのか私。命知らずも大概にしないといけない。
でも、ここなら敵から発見される危険性も低いし、万が一見つかっても高低差のアドバンテージはこちらにある。
「ごめんなさい。荷物全部持たせちゃって」
「いや、こんな荷物フレデリカには無理だよ」
背負っていた巨大なリュックを地面に下ろす。衝撃で土煙が立つ。
もともと大容量のバックパックなのだろうけど、大量の荷物でさらに膨れ上がっている様に見えた。
中身はここ数日の野宿で確認する事ができた。
軍で配給される見慣れたパッケージのレイション。味はお世辞にも美味しいとは言えないが、これが大量に入っていた。おそらく三人分の食料だ。
結果的に二人になってしまったが、今の様な状況になる事を想定していたのだろうか。
他にもコンパクトに折り畳めるテントやキャンプ道具などが詰まっている。
ホークがこれほどの準備をしていなかったら、ここまで体力を温存出来ていなかったかもしれない。彼に感謝しなくちゃいけない。
そんな事を考えている間にテントが設置されていた。このテントも女性優先と言う名目で私専用になっていた。
まわりは岩場に囲まれているから火をおこしても目立たないけど、料理するほどの食材はないから焚き火をする必要はない。
空を見上げると星が見える。もう少しで日が落ちて暗くなるだろう。
電気のランタンを取り出し地面に設置。
もう一度空を見上げる。
敵国だけど星空はどこで見ても綺麗だ。
あっ、星が流れた。
星に願いをすると叶うという。そんなの迷信だとわかっているけど、つい心の中で願い事を呟いてしまう。
(ずっと、ずっとこの先も、この人と一緒にいたいな)
心の中だと恥ずかしげもなく言えるんだ私。いつか彼にも伝えたい。でも今の状況って絶好のチャンスではないだろうか。何せ知り合いが誰もいない二人きりなのだ。
ホークもひと段落ついて腰を下ろしている。彼も空を見上げていた。