聖母さま
あれっ?気を失っていた?世界が逆さまなってる。違う、私が逆さまになっているんだ。
……って動けない。何かの瓦礫に埋もれているみたい。
とりあえず腕を重力と反対方向に伸ばす。手探りで体の上に覆い被さっている何かの部品を取り除く。
空が見えた。真っ青な雲一つない青空。
ここはどこ?いままでの事は夢だったのかしら。
それにしても何これ。カラダは怠いし、ゴミに埋もれてるし。
「重ったい。よいしょ!」
体の覆い被っていた金属の塊やらケーブルやらを排除する。
体を起こすと自分が土の上に倒れていた事がわかった。
視界の左隅に誰かの足が映る。
地面に座り込んだまま上を見上げた。
そこには、銀色の甲冑を着込んだ女性が立っていた。胸には剣をクロスさせたエンブレムが細工されている。額当てにも同じエンブレムが施されていた。
私と同じブロンドだけど、腰くらいまで伸びた髪がとても綺麗。羨ましい。
「あら?目が覚めました?おはようございます。」
えっ?なんか微笑みが凄い破壊力。美人。優しい。聖母みたい……
「あっ、おはようございます聖母様」
あぁ、考えていた事が口に出てしまった。
「あら、聖母様だなんて嬉しいわ。ありがと」
まずい……現在の状況が全く掴めない。
「目覚めたばかりで周りの状況わからないわよね。大丈夫。まだ、そのままリラックスしていていいですからね」
「あ、ありがとうございます」
何この人。この人の、あたたかくて優しい言葉は安心する。
「フレデリカ・クラーク!目を覚ましたなら援護しろ!いつまで寝ぼけている!」
聞き覚えのある声がした。
うしろを振り返る。
そこには額から血を流している大隊長が剣を構えていた。
その手前には、何かの残骸が山になっていた。自分が埋もれていたのも、この残骸の一部だ。
このケーブル見た事ある。これって、いつも手首に接続している…………えっ!?
再び残骸の山を確認する。
これって……私が乗っていた戦車の残骸?
でも、こんなにバラバラになって。どんな攻撃をもらえば、ここまで破壊されてしまうのか。
「あら。自分の置かれた状況が理解できましたか」
甲冑の女性の優しい声が、再び頭上から聞こえてきた。
「大丈夫ですよ。彼の次はあなたの番ですから。あまり痛くしないように殺してあげますから安心して下さいね」
あまりにも穏やかで優しい声に、何を言われたのかわからなかった。
「もういい!フレデリカ・クラーク!逃げろ!」
その声と同時にダッシュする。
この場にとどまる行為が、いかにマズイかと言う事を察する事ができた。
大隊長が、私の身を案じてかは知らないけれど、自らを盾になって逃してくれるなんて、普段は考えられない。それくらい甲冑の女性が強敵だということだろうか……
ドグァ!
激痛が顔面を襲った。
目の前の景色が歪んだ。気づいた時には、背中を地面につけて倒れていた。
痛みで起き上がる事ができない。何か温かい液体が頬を伝って地面に流れていた。
「あらあら。そんなに慌てるからですよ。可愛い顔が鼻血で汚れてしまっていますよ」
温かい液体の正体は鼻血のようだ。
それにしても痛い。痛くて動けない。
私は何にぶつかったのだろう?
目の前には何もなかったはずだ。しかし、確かに何か硬いものにぶつかった。完全に私の方が当たり負けして、はね返えされた。
どんな魔術の類かはわからないが、おそらくは甲冑女の力だろう。
いづれにせよ、このままだと殺されてしまう。
「おい鎧女。どこを見ている。いくらなんでも油断しすぎだ。私はそんなスキを見逃さない。この我が最強の一撃で鎮め」
あの構え方は……たしか居合術って言っていたっけ。このあいだの「閃光」って名乗っていた敵と同じ技だ。
そうだ。忘れていた。大隊長はホークの次に強い人だったんだっけ。
そう考えた刹那。光の帯となって、大隊長は私の視覚から消えた。