魔界の住人
へし折れた大木の幹に腰掛け、下を見下ろす。
そこには先ほどの臨戦態勢まま、暗殺者が警戒し辺りを見渡している。
「転移魔法か……ここはどこだ?どこかの森林地帯か……だが見た事のない植物ばかり……答えろ女」
声にわずかに。少しだけ動揺が見える。沈着冷静だと思っていたこの男も、この異様な空気に不安を感じるのだろうか。
「転移魔法?ちょっと……ううん。全然違うかな。世界線が違う。座標が全然違う。分かりやすく説明すると私たちの世界の裏側。あなたが知っている言葉で言うと『魔界』と呼ばれている世界」
「魔界……最近北に現れる悪魔や魔獣の住む世界か。そんな場所に移動できるお前も魔界の住人というわけか。ならば尚更ここで滅ぼさなければならない」
街での小競り合いで、私の実力は知らしめたはずだけど。これほどの実力差があるのに、それでも挑んでくるなんて。何がこの殺し屋を突き動かすのか。言動の端から『正義』の主張を感じる。この人も訳ありなのかな。
「ねぇ。あなたが秘めている事。話してくれないかな?そうしたら私たち戦わなくて済むかもしれないでしょ……」
「悪魔と話す舌は持たん!」
ナイフが飛んでくる。
まったく。一体何本のナイフを装備しているのだ。
「だからぁ!人の話を聞きなさいよ!」
剣でナイフを弾き返す。
「あと、私は正真正銘あなたと同じ人間だから。訳あって、強力な魔力が使えるようになっただけだから。それより自分の身を守る事を考えなさい。派手に暴れるから魔物が寄ってきたわよ」
あたりに複数の気配を感じる。
この世界に人は存在しない。確認しなくても凶悪な敵である事がわかる。
「……なるほど。こいつらに襲わせるのが、お前の目的か」
「違うわよ。ほんとうは、この世界の雰囲気やら魔力で怯ませて和解する筈だったのよ。それなのに、いきなり殺気剥き出しで攻撃してくるなんて。そりゃ魔物も寄ってくるってば」
「そのやり方は和解しようとする人間ではないな。だが俺はこんなものでは屈しない。少しそのまま待っていろ。先にコイツらを片付ける。その後で始末してやる」
その台詞と同時に、潜んでいた魔物が一斉に男に襲いかかった。