追跡者 その1
男はフードを被っていた。その上から手のひらをかざす。
少しずつ魔力を流し込む。一度に流すと壊れてしまう。人体というものは繊細で壊れやすくできているのだ。
男の体内に流し込んだ魔力が記憶が収納されている場所にたどり着く。
意識を男と同期させる。こうする事で相手の記憶や考えている事がわかるのだ。
うわ……
闇だ。闇すぎる。
この男。本物のアサシンだ。しかもジブリ商会が仕切っている……と言うより、ジブリ商会の裏の顔が殺し屋稼業を生業としている組織のようだ。
そのナンバーワン実力者が目の前にいる。
どうしよう。
この場を切り抜けても相手はプロの殺し屋組織だ。
どんなに逃げて距離をとっても、何度でも襲ってくるに違いない。お店の場所も知られている。下手に見逃したら、私の大切な人たちが巻き込まれるかもしれない。このまま逃げるわけにもいかない。
組織ごと抹殺してしまえば手っ取り早いだろけど、私はもう人殺しはしない。
……躾けるしかない。
正面切って全力で闘って私に敵わない、絶対に勝てない程の力量差を見せつけよう。
この命を捨てる覚悟ができているプロの殺し屋でも、殺しがトラウマになる程の恐怖を植え付けよう。
恐怖が染み付いた戦士は二度と剣を持つ事はできない。
対応は決まった。
距離をとり、男から奪っていた感覚を全て返す。
「しかたないわね。いつでもかかってらっしゃい。相手になってあげる。ちなみにあなたが望む結果になる事はないからそのつもりで」
あらためて目の前の殺人のプロに向き直る。
「……今オレに何をした。時間が飛んでいる。魔法の類か?」
完全に五感を飛ばしていた。さらには脳機能も支配していたのだ。男には数分が一瞬で経過したと錯覚するのも無理はない。
「そうね。魔法みたいなものね。その気になれば、あなたはすでに私に殺されて……」
ガキーン!
何もない空間から出現した蒼の剣が、背後からの斬撃を弾き返す。
この男。今の今まで正面で対峙していたのに。いつのまに。さすがプロの暗殺者。
でも蒼の剣の自動防御は崩せない。
まぁ、今の私なら自力でも対処できるけど。
シュッ!
九本のナイフがあらゆる方向から迫る。
だが、蒼い美しい剣が描く軌跡に全てのナイフは弾かれる。
いや違う。もう一本。
真上からのナイフにほんの僅か、重なるように投げられた一本がある。男にとってはコレが本命の一撃。
「でもねっ!」
右手で最後の一歩を払いのける。
カキーン!
金属がぶつかり合う音が響く。
右手を魔力で鋼鉄に変化させた。
ナイフには毒も仕込まれていたみたいだけど、この鋼の腕には効果はない。
間髪入れず、頭上から細い紐が伸びてくる。
それは私の首に巻き付いて、そのまま吊るし上げるつもりだろう。でも無駄だ。私は常に魔力で障壁を作り、体全体を覆っている。いわば魔力のバリアーだ。紐は私に届かない。一見巻き付いているが吊り上げる事など叶わない。
「ねぇ。気配を消して身を潜めても無駄よ。あなたの姿は丸見えだもの。隠れるならもっと気を消さないと」