妖精王国観光日記 壱
お・待・た・せ(はぁと)
「イオタさん?」
「はぁい」
「こちらの薬草、お値段言える?」
「ろくせんごーるど、なの!」
「僕の手持ち、さんびゃくごーるどなの」
「イオタの真似は良くないの!」
「この国の物価も良くないの!」
妖精王国を観光する上で、まず気になるのはご当地アイテムだ。ゲーマーなら絶対に見逃せない、固有アイテムを探しに来たのだが......この国、ハンパなく物の値段が高い。
ただの薬草ですら6,000Gとか、頭おかしいよ。
「おに〜さん。薬草の効果を見て欲しいの」
「いや、どっからどう見てもただの薬s......」
◇━━━━━━━━━━━━━━━◇
『薬草』
そのまま齧るだけで全回復! これ
には錬金術師もニッコリ!(暗黒微笑)
◇━━━━━━━━━━━━━━━◇
オイ。オイ。2箇所ほど突っ込ませろ。
「“全回復”と“暗黒微笑”はおかしいだろォォッ!!」
説明文にネットスラングを書くな! そのまま齧るだけで全回復すなぁ! それを6,000Gで売るなぁぁ!!!
ツッコミどころが多いんだよ! こんなことなら全部の商品の説明を見てやるわコンチクショウ!!
「あぁ......ああぁぁ............ァッ」
「おに〜さん!? 大丈夫なの!? メディック! メディーック!!!」
MP全回復は勿論、スタミナ全回復、解毒と短時間の毒耐性、5分間の麻痺耐性、などなど......ゲーム序盤で見ていいアイテムのレベルを超えていた。
あまりの内容に俺は、考えることを放棄した。
◆ ◆ ◆
「知ってる天井だ」
VRヘッドセットを外し、机に置いていたコップの水を飲み干すと、俺は体をぐ〜っと伸ばした。
現在時刻は深夜2時。紲も寝てる頃合なので、静かにリビングへ降り立った。
手探りでリビングの電気のスイッチを探していると、生暖かい何かに触れた。
「「え?」」
パチッという音ともに明るくなると、目の前に紲が立っていた。
背中が異様に冷たい。お兄ちゃんチビりそうだった。
「よ、よぉブラザー。俺様の名前はキズナルタル」
「ドームシールド展開ってか? やかましい。なんで起きてるんだよ。2時過ぎてんぞ」
厳つい変顔をしながらふざける紲。生活リズムの乱れは健康に響くので注意すると、スタスタとキッチンの方へ歩いて行った。
「ホットミルクを入れるです。兄上も要りますか?」
「お願いしよう。飲み終わったら寝るんだぞ」
「は〜い。よし、ハチミツちょっとお砂糖マシマシ」
「お前......死ぬぞ」
聞いてるだけで口の中が甘くなる言葉を残して、電子レンジの稼働を音が聞こえ始めた。
そんな中でも秒針を刻む音は強く、出来上がりの合図を待った。その間、俺達は喋ることはなく、ただじっと待っていた。
「はい、蜂蜜入りね。にしても驚いちゃった」
「ありがとう。オルストにハマっててな......紲は?」
「奇遇偶然ミラクル私も。一儲けしたから休憩」
ひと......もうけ? やはりベータテスターなだけあって、流石の進行速度だ。初日から道を踏み外した俺とは全く違うぜ。
さて、紲が既に沼にハマっていることが分かったな。
うむ。うむ......誘いづらい。
ちょっぴりジャブを打つくらいなら、大丈夫だよな?
「シスターキズナ。性能指数を教えたまえ」
「ブラザーユキミズ。私は45レベルですよ。ふふっ」
強いッ! 圧倒的に......強いッ!!!!
あの姿勢、手の組み方、祈りの純度! 強者の証だ!
「妹が強くてお兄ちゃん誇らしいよ」
「30レベまでは安定したレベリング法が確立されてるからね。それよかお兄ちゃん、一緒にやらない?」
「Where are you now?」
「今はワケあって4番目の街だね。フォーラスの酒場」
なんだ、意外と近いな。紲からのお誘いは有難いし、ものすご〜〜〜く受け取りたいんだけど、俺がフェリアに居るからな。
そしてあの【世界依頼】について、紲にも聞いてみたいが、リスクが大きい。
残念だけど、今回は見送らせてもらう。
「すまん。しばらくはソロだ」
「え〜!? 流石のお兄ちゃんでもそれは無理だよ! 次の街で絶対に躓くから!」
「それでも、だ。今は楽しそうな紲が見れて嬉しいからな。そっちが行き詰まったら、お兄ちゃんが助けてあげよう」
「フッ......我が兄の手など、って言いたいところだけど、いつか頼るかもしれないなぁ。余裕が出来たらフレンドになろうよ」
「モロチン。その時は決闘も申請しよう」
「げぇ。ふ、ふん! ボコボコにしてやるんだから! おやすみ!」
「あぁ、おやすみ」
心から楽しそうな紲を見たのはいつぶりだろうか。
暖かい気持ちにさせてくれたゲームとホットミルク、そして紲に感謝をした俺は、2人分のマグカップを洗ってから部屋に戻り、オルストにログインした。
◆ ◆ ◆
「知らない天井だ」
「あ、起きたの! ルタお姉ちゃ〜ん!!!」
本当に知らない天井を目にした俺は、掛けられていた布団をどかして立ち上がると、部屋の窓に目を向けた。
少し高い位置からフェリアを望むこの場所は、俺の記憶には1箇所しか存在しない。
フェリア王国。王国と名前が着いたら、王が居る。
「やべぇ、王城きちゃった」
ミニマップを見たら一目瞭然。ガッツリと城の形が分かる地形表示で映っている。視点の位置を変えると廊下が読み込まれ、これで迷うことはないだろう。
不躾だが、探索させてもらおう。ぐへへ。
「広いな。人間が住んでも余裕がありすぎる」
沢山ある部屋を片っ端から覗いていると、工房を見つけた。立ち込める熱気と壁にかけられた武具から、間違いは無いだろう。
炉の近く、金床の前に座る人物に目をやると、金属を打つ手を止め、汗を拭った。
「......客人か。盗人か。お入り」
鈴を転がすような声に招かれ、俺はそ〜っと入らせてもらった。小さな歩幅で気を付けて歩いていると、横の椅子に座るよう指をさされた。
「汝、女子か、男子か」
「XYです」
「分かりにくいのぅ。男子、じゃな?」
「はい」
決して顔は合わさないが、彫刻の様に整った横顔が非常に美しい。そして、細く尖った耳から、妖精に類する人であることが分かる。
流れに乗ったが、俺は今から何をされるのやら。
「獲物を見せよ」
あ、終わった。俺知ってるぞ。
ここで武器を見せて「こんな爪楊枝みたいな武器を使ってるなんて三流以下! 一昨日来やがれ!」って一蹴されるパターンだ。
「......こちらです」
「ほう」
隠しナイフを差し出すと、じっくりと眺め始めた。
刃を撫で、柄を掴み、まるでこの人がナイフの持ち主と錯覚する滑らかな動作でナイフを俺に突き出した。
反射的にダガーで弾き、戦闘態勢をとった。
「......鮮やかな戦闘。イオタの目に、狂いは無い」
「敵対、しますか?」
俺は構えながら聞くと、これまた鈴を転がした様な心地よい声で笑われた。
「敵対なんかせぇへんよ? わっちはミユ。汝は?」
「ミズキです。それよりナイフ......」
「敬語は要らへんよ。ちょいと修理させてぇな。お近付きの印に」
「そういうことなら、遠慮なく」
ミユさんは炉にナイフを投げ入れると、ガンガン温度を上げ始めた。一気に熱せられたナイフは、耐久値が大きく削れていく。
心配になって見ていると、頭を撫でられた。
「良い心。武器は命を預ける物や。その武器に思いを込める心は、武器からも命を預けられる者や」
近くの箱から真っ黒な塊を取り出したミユさん。躊躇なく炉にぶち込むと、ナイフを覆うように溶け始めた。
そうして数分間熱した後、赤黒くなったナイフを打ちながら、ミユさんは聞いてきた。
「汝、希望の形は?」
「短剣......いや、小刀で」
「任しぃ」
ナイフの刃を割り、重ねて叩き始めた。これは刀の製造工程と殆ど同じだ。俺のメインウェポンでもある隠しナイフ君。一体どんな成長を見せるのか、非常に楽しみである。
◇ ◇ ◇
あれから10分が経つと、遂に完成した。
「銘は『隕』上出来や。主にようさん懐いとる」
元々黒い刃だった隠しナイフ君は、灰銀の輝きを放つ、小さな刀へと姿を変えた。水平に構えると刃は消え、隠しナイフだった頃より暗殺性能が上がっている。
しかし──
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装備可能レベル25(現在10)
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「ミユさん......装備できないっす」
「はて? わっち分かんな〜い」
は、腹立つぅぅぅぅ!!! この人、分かっててやりやがったな! あの変な素材が原因だろうが、絶対に確信犯だコイツ!!
「......ごめんな、『隕』。今日からしばらくお別れだ」
悲しみに暮れながらインベントリに仕舞うと、
バンッ! と荒々しく扉が開けられた。
「おに〜さん! ここに居たの!? イオタ、いっぱい探したの!!!」
何故か小学生くらいの大きさになったイオタが、ドンドンと足音を立てながら俺のお腹に抱きついてきた。
「汝、イオタに伝えずに来たんかえ?」
「......はい。ちょっとした出来心で」
「はぁ。それはあかんなぁ。『隕』が使えへんのは、その罰っちゅうことで」
「......都合が良いこと言いやがった......!」
仕方あるまい。俺のレベルが上がるまで『隕』はお留守番だ。やるべき事をやりながら、チマチマとレベル上げにもシフトチェンジしよう。
「あ、おに〜さん。王様とお話してもらうの」
「.....................はぁい」
何となく、そんな気はしてました☆
『隕』の武器性能は今後出ますが、隠しナイフはここで。
『隠しナイフ』
攻撃力:10
クリティカル時、与えるダメージが180%
通常時はクリダメが150%(1.5倍)なので、隠しナイフだと1.8倍だね!やったねたえt