スキルって知ってる?
「紲を引きずり込む前に、まず俺がこのゲームに対する理解度を深めないとな」
ということでやって来ました、猪突猛森!
愛用の隠しナイフを左手の裾に隠し、防具を全て解除したぞ!
「んーっ! よし。やっぱりボロ布でも動きに若干の制限がかかってたな。すんごい身軽だわ。飛べそう」
インナーだけになった俺は、短剣兎を探して森を走った。あえて街道付近ではなく森を走るのは、スキルを習得できる可能性があるからだ。
というのも、このゲーム、条件を満たしてからレベルアップと同時にスキルを習得できるらしく、しばらく兎とトカゲしか狩ってないせいで獲得可能スキルが溜まっている気がするんだ。
マーニェイズとかいう野郎との戦いは、絶対に何かしらの条件を満たしているはずだ。
「それでもスキルをたくさん得ようとするのは、ちょっとばかし強欲がすぎるかな」
それでもいい。優先すべきはプレイヤーの下地だ。
成長に貪欲にならないと、俺のイメージする最低限の動きすらできないステータスでは、あの野郎に敵わない。
スキルが2種類あることは把握済みだ。
パッシブスキルとアクティブスキル。
習得すれば常に発動するスキルと、自分の意思で発動するスキル。
まず揃えるべきは、パッシブスキルだ。
安定した戦闘の地盤を整えることが最優先だ。
「手探り100パーセントのゲーム......イイねぇ」
直感で短剣兎が多く通るであろう場所に胡座をかいた俺は、目を閉じて呼吸に全ての意識を集中させた。
肉になる鳥の囀り。風に揺れる木々のさざめき。小さく聞こえるプレイヤーの話し声。聞こえる全ての音を脳内で言語化する。これこそが、索敵の基本。
次第に体の奥深くまで耳が働き、血の流れる音や心拍さえもうるさく感じた瞬間、俺に向かって飛びかかるような、地を蹴る音がした。
『キュッ......キュキュッ............』
目を閉じたまま伸ばした右手は、短剣兎の首を掴んでいる。1分ほど力を入れて握っていると、パンッと音を立ててポリゴン化した。
この修行を続けていれば索敵系のスキルが得られると思った俺は、3時間ほど草の上に座っていた。
「......ん? 兎じゃ......ない?」
200羽ほど兎を倒していると、これまでとは違う感触の生物を握りしめた。1分経っても死なないので、重たい瞼を上げてみると、羽根の生えた小さな人間が苦しんでいた。
「よ、妖精!?」
慌てて手を離すと、妖精はフラフラと宙を舞った後に、俺の膝の上に墜落した。
今、俺の頭には2つの選択肢が浮かんでいる。
1つはこの妖精を保護すること。これだけ兎を狩っていた俺が初めて見るモンスターなんて、相当な価値があるからな。
もう1つは、妖精を倒す選択だ。
こんなレアモンスター、何をドロップするか気になって仕方がない。羽根が貴重な薬品アイテムになるかもしれないからな。ワクワクするんだ。
数秒迷っていると、息を整えた妖精が俺の顔の前に飛んできた。
「助けて欲しいの」
「しゃ、喋れるんだな。ビックリした」
攻撃か逃走を選ぶと思っていたせいで、意表を突かれた。喋れるモンスター......ひょっとして重要なNPCか?
「“イオタ”って言うの。おに〜さんに助けて欲しいの」
「イオタね、はいはい。それで、具体的にどう助けて欲しいんだ?」
真っ白な髪を腰まで伸ばした、青い瞳の妖精、イオタは言う。
「イオタの世界を、救って欲しいの」
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【世界依頼:妖精ノ王国】を受注しました。
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な、な、な......なんじゃこれぇぇぇぇぇ!!!!!
アカシックレコードってなんだよ!? 攻略サイトにもンなこと書いてなかったぞ!! この重要そうなクエスト名からして、とんでもねぇ地雷を踏んだな!
一体どこだ? どこで地雷を踏んだ......?
「あ、あの〜、イオタさん?」
「イオタでいいの。敬語もいらないの」
「じゃあイオタ。どうして俺に頼むんだ?」
「紡ぎ手として、おに〜さんならお願いできる相手だと思ったからなの。ジ・ガースとの戦いも、マーニェイズとの戦いも、全部見てたの」
「......そっすか」
強さを買われたってワケか。それは嬉しい。
だけどな? タイミングってモンがあるじゃないですか。俺、これからスキルを習得しようとしてたんですよ。もうやれることに限界が来てるの。わかる?
......やるけどさぁ、ちょっと整理させてくんない?
「数分待ってくれ」
「はいなの!」
イオタは俺の肩に乗ると、嬉しそうに足をパタパタさせた。
まず、俺のやるべき事は3つある。
城剣・セラの作成、マーニェイズの討伐、アカシックレコードだ。
順番にクリアするには、あの5つの謎のアイテム収集をしなければならない。そのために俺は妹を召喚し、情報収集をする予定だった。
しかし、下準備である俺の育成をしている途中に、アカシックレコードを踏んでしまった。
強制的に受けさせられたこのクエストは、メニュー内の『クエスト』項目の中でも荘厳な輝きを放っている
さて......アカシックレコードと並行してスキル習得と素材集めと妹召喚をできるか否か......。
「うん、無理。流れに身を任せよう」
俺の力では制御できない荒波だ。潔くのまれよう。
「イオタの依頼からこなしたいんだが」
「本当? 嬉しいの! それじゃあ、移動するの!」
「え、ちょっ、待っ──」
イオタが片手を前に出すと、目の前の空間がぐにゃりと変形した。そして次の瞬間には、今までとは違う景色が広がっていた。
15歳の平均身長程度の妖精が飛び交う、社会の光景。
そう、まさにここは......
「ここがイオタの国、フェリアなの!」
気付けば俺は、妖精の国に足を運んでいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
オルタナティブストーリーでは、NPCはプレイヤーのことを『紡ぎ手』と呼ぶ。これは“世界を紡ぐ存在”がプレイヤーであると示唆していると、大半のプレイヤーは解釈している。
しかし、ゲームの開発陣はそう思っていない。
「にゃ〜、ようやくアカレコ踏んだよ〜」
「長かったですね。やはり分かりづらいのでは......?」
「おい、それはキアラに言え。俺は専門外だ」
「んにゃっ!? それは酷い! キアラちゃん泣いちゃう! ぴえ〜ん!」
「うるせぇ! 気色悪い泣き方すんな!」
オフィスの中で、3人の男女が言い合っていた。
一際大きなモニターに映っているのは、妖精イオタと接触したミズキが、妖精の国フェリアに入ったシーンだ。
「お疲れ様で〜す。あれ、3人揃って何を......あぁ」
「聞いてよルナっち! カズキとレイジが虐める!」
「ルナさん、いつものやつです」
「ルナ氏、ようやくアカレコが踏まれたんだ」
新たに現れた男は、センスが無いと言うにもほどがある、目を背けたくなるようなダサいシャツを着ており、紙コップに入った紅茶を美味しそうに飲み込んだ。
「ようやくって言うには短いですけどね」
「紡ぎ手の由来に気付くのは、まだまだ遠いね」
場を騒がしていた桃色の髪の少女がスッと落ち着いた声色で言うと、ルナは胸ポケットから1枚の写真を取り出した。
「あ、キアラさん。コレ見てくださいよ」
「どれ〜? って、リルちゃんじゃん......小悪魔コス?」
「アルテミスなんで、俺ですよ。可愛いでしょ?」
VRのPVP業界に置いて、世界最強と名高いアルテミス。
オルタナティブストーリーの開発に専念するために活動休止をしたと噂されているが、実際は違う。
「そういえばルナさん、育休要るでしょう?」
「そうだそうだ。ソルさんに出産祝いを贈りたい」
「見せるなら赤ちゃんの写真じゃないの? ルナっち」
「写真はまた今度。育休と出産祝いは受け取ります。新しいモーションもしばらくは無いですし、俺もオルストやっていいですかね?」
「ん〜、レベル10までの制限付きなら?」
「いやいや、レベル5で十分でしょう」
「そんな縛り、ルナ氏に失礼だろうが。防具の装備不可と職業『無職』固定で丁度いい」
面白半分でルナへの枷を増やしていく一方、ミズキはイオタに連れられ、宿のベッドに寝転がり、ログアウトした。
ミズキを見届けたルナは、3人の前に出て決めポーズをとり、口を開いた。
「あのさぁ......スキルって知ってる?」
この言葉に、3人が「あ〜」と言葉を漏らした。
「防具の装備不可、レベル制限5、スキル習得可能数1、職業『無職』固定。これでいいですね?」
「それなら大丈夫でしょ」
「僕も異論は無いです」
「俺もだ。あとは、目立たないでくれたらそれで」
「分かりました。それじゃあ帰りますね。余裕ができたら、クアディスでポーカーでもしてきます」
「おう! 頑張れルナ氏!」
こうして、鬼畜な条件の元にルナ......アルテミスのプレイヤーとしての参加が認められた。無論、ゲームマスターとして治安維持の仕事もするが、目的はただ1つ。
それは、『楽しむ』こと。
対人戦最強と言われるプレイヤーは、『楽しんで』強くなった。これだけの理由でゲームを続けられる人間は、そう居ない。
しかし、ミズキは当てはまった。
緋月雪水。彼もまた、『楽しい』という感情だけでゲームを極める、素質のある人間だった。
ルナ君、カズキ、レイジ、キアラに関しては、『Your story 〜最弱最強のプレイヤー』にて詳しく触れてます。本作から入った方、興味を抱いたら是非。
次回『妖精王国観光日記 壱』お楽しみに!