刺すべきものは
気付けばそこは、森の中だった。木々の香りが鼻を通り、鳥のさえずりが耳たぶを打つ。まるで本当に森に居るような気分だが、これはゲームの中だ。
「よし、まずは迷子だな。オーケーオーケー」
辺りを見ても緑色の景色しか映らない。これは確か、職業『放浪者』のデメリットが1つ『ランダムスポーン』が原因だろう。
しかしこのゲームは優しい。視界端に見えるミニマップから、俯瞰視点で状況把握ができる。
俺はミニマップを凝視した結果、1つの答えを得た。
「うん、ここどこ? 最初の街すら分かんねぇぞ?」
どうしようもないので、一旦北を目指すことにした。
遭難した時、とりあえず北に行けば何かがある。ゲーマーとしての勘がそう言っている。
そして森を進む途中、背の高い草を切って入手した雑草を口に入れた。
「お〜、苦いし不味いし渋い。最高だな」
雑草でも、加工すれば薬草になるかもしれない。未知は思考の道を増やしてくれるからな。名も知れぬ草を持っておけば、後々役立つこともあるだろう。
それから5分ほど、草花を手に入れては口に入れ、吐き出してはまた入手を繰り返していると、遂にモンスターと遭遇した。
『ギュピピッ!』
「こっわ。額から短剣が生えてる兎とかホラーじゃん」
初戦闘だ。ナイフの攻撃力を試す良い機会だな。
俺は木を背にして腰を落とし、兎の動きを観察した。2度のステップを踏んだ後、真正面に突進してきた。
「ほいっ、と」
ザクッと音を立てて木に突き刺さる兎。身動きが取れなくなった隙に、光る首筋をナイフで切った。
すると一瞬にして兎はポリゴンとなって散り、生肉と毛皮をドロップした。
「アクセサリーの効果が凄まじいな。よ〜く見れば弱点が分かるの、シンプルに強い」
俺が選んだ職業は、厳密に言うなら『放浪者・隻眼』となる。左眼にアクセサリーの義眼を装備できる代わりに、モンスターのヘイトを買いやすいという特徴がある。
俺は戦闘が好きなのでメリットだけだと思ってるが、今後どうなるか心配な部分ではある。
「うっさぎ〜、うっさぎ〜、くっびチョ〜ンパ〜♪」
正確には首にナイフを刺しているだけだが、兎こと
『短剣兎』を狩りながら進んで行くと、遂に街道が見えた。
「遂に......人に会えるんだ......!」
俺は期待を胸に、短剣兎を引き連れて街道に出たのだった。
◇ ◆ ◇
「ようやく......人に会えるんだ......!」
草むらの奥から男の声が発せられると、街道沿いを歩く、全身に銀色の装備を纏った少女が長身の女の手を引いた。
「ハテナ〜、あっちに人居るんだけど、殺る?」
「私は殺らないよ。ササミの好きにして」
「ん〜、じゃあ殺ってくる! 最近リアルでムカムカしてるから、この一投に全てを込めるね!」
ササミは装備を軽装に変えると、一本の短剣を右手に持った。体は真っ直ぐに声がした草むらを向き、投擲と同時に声を出した。
「『射撃』」
短剣は赤く輝くと、一直線に草むらへ飛翔する。
ササミの投擲の様子を見ていたハテナは、大きく息を吐きながら長い銀髪を掻き上げた。
「もうこれ以上PKするとアレが来るんじゃないの?」
「............うん」
「ササミ?」
普段なら笑顔で歩き出すのササミが、何故か草むらをじっと見つめている。
首を傾げるハテナだったが、すぐにササミの手を引いた。
「......もう! ササミ、行こ──」
ハテナの視線の先には、額に短剣の刺さったササミが映っていた。
そして、ソレは草むらから現れた。
「お〜、クリーンヒットじゃん。綺麗に眉間に刺さってる。我ながら投げナイフが上手いね。うん」
水色の髪と紅い瞳でササミを見るその人物の姿を捉えたササミ本人は、じっと見つめることしかできず、数秒の後にポリゴンとなって散った。
足元には投げ返されたナイフと、宝石の付いたペンダントだけが残された。
「ありゃ、死んじゃった。これぐらいじゃ死なないと思ってたんだけど。で、そっちのお姉さんは? 戦う? 俺は大歓迎だよ?」
「い、いや。私はPK反対派だから。ウチの子がごめんなさい」
氷柱を目の前で突きつけられるような冷たい恐怖心に支配されたハテナは、頬に一筋の汗をかきながら両手を広げた。
「そっか。ところでさ」
「......なんですか?」
「街って、どこにあるか知りません?」