憧憬、雛鳥の誕生
「あ〜疲れた。それとただいま〜」
「おかえりアニキ。オルタナティブな物語は買えた?」
「モロモロのチン。そういう紲は......あるんだな」
パッと見せてきたスマホの画面には、ベータテストから参加している紲のアカウントが映っていた。
今日は金曜日。1週間の疲れを抱えて帰り、5年分のワクワクを持ってパッケージのビニールを破る時だ。
カッターナイフで刃を少しだけ出し、滑らかにスライドさせて透明なドレスを脱がせてやれば、ロマンが詰まったソフトを守る、重厚感のあるパッケージがこんにちは。
この瞬間のワクワクは何者にも劣らない。
「おぉ......これが新しいマイホームか......!」
チラリとソフトを覗いた俺は、感謝を込めて紲の頭を撫で、自室に向かった。
ストーリーモードは超高難度、シミュレーションモードはゆるく楽しめる絶妙なバランス調整がされた、お気に入りのソフト、『オルタナティブストーリー 〜君が繋げる物語〜』をパッケージに仕舞った。
これからは、新しい俺の人生が始まる。
VRヘッドセットに新たなソフトを差し込んだ。
優しく頭に被せ、ベッドで横になる。あとは電源を入れるとダイブが始まる。
「いざ、出陣じゃあ!」
◇ ◆ ◇
真っ暗な空間に、鳥のさえずりと川のせせらぎが聞こえてきた。足元から芽が生え、やがて草原を作り、森が生まれた。空から射し込む太陽光が暖かく、世界に彩りを与えた。
「......タイトルロゴを出すだけで壮大すぎるだろ」
これだけに幾ら金をかけたんだと聴きたくなるほど豪華なタイトル画面を進むと、キャラクタークリエイトに進んだ。
「種族は人間しかないが、職業である程度のプレイスタイルが固定化されるのか。よし、とりあえず名前は『ミズキ』と」
有難いことに、各ジョブで固有の装備が支給される。盗賊系なら短剣が、弓士なら弓矢が支給される。しかし不思議なことに、この手のゲームにありがちな『魔法使い系』のジョブが無い。
魔法が存在しない世界観なのか、或いは初めのうちは使えないということか。
「ジョブ一覧をひら......えぇ?」
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『甲冑騎士』
『狩人』
『侍』
『忍』
『シーフ』
・・・・・・
・・・
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尋常ではない数のジョブがリスト化された。右端のスクロールバーは類を見ない程に小さくなっており、適当に『剣士』と入力しただけでも項目数は100を超える。
俺は悩みに悩み、ジョブ決定が終わったのは1時間も後のことだった。
「次は容姿か。身長はリアルと差があるとログアウトしてから酔いそうだし、あんまり弄らないようにしとくか」
VRゲーは自分の操作するキャラの視点とリアルの視点の差が酷い程、酔ってしまうのだ。リアル側の空間把握能力と三半規管が相当に強くない限り、身長差はプラマイ10センチが限度と言われているな。
......確か“あの人”は、身長差40センチでプレイしてたんだっけ?
「よそはよそ、うちはうち。俺に合ったスタイルが1番だ。さて、次は髪型か。まぁ適当に“そこら辺に居そうな人”感を出せればいいや」
さてと、そろそろゲームを始めるとしますかね。
容姿のチェックは4回したし、ジョブ説明も5回は読んだ。後は“あの人”が制作に携わった、頭のおかしな世界入るだけだ。
「よし、大丈夫だ。俺は何度もあの魔神を倒したんだ。今更怯える必要なんてねぇ」
気合を入れて『ゲームスタート』のボタンを押した俺の視界は白く光り、全てが始まった。
プレイヤー名『ミズキ』本名『緋月 雪水』
この男が舞い降りた先の世界はとても静かだった。まるでホラー映画でBGMが消えたような、激動の直前の如く。
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名前:ミズキ
職業:放浪者
武器:隠しナイフ
装備:ボロ布の頭巾
装備:ボロ布の上衣
装備:ボロ布の下衣
装備:無し
アクセサリー:急所の兆眼
【スキル】
『クリティカルピアサー』
『転身の心得・技』
『転身の心得・職』
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初めましての方は初めまして。そうじゃない方は.....お・ひ・さ(はぁと) どうも、ゆずあめです。3作品目となる本作ですが、のんびり書けたらなと思います。
例(?)によって不定期更新ですが、一緒に楽しんで頂けたら泣いて喜びます。それでは、どうぞよろしくお願い致します。また次回お会いしましょう(*'-'*)ノ"