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まおう、がんばりゅ


「マイブラザー? お〜い......お兄ちゃん?」


「......んだよ」


「現在時刻午前8時。高校、遅刻するよ?」


「......え? オイオイオイ、マジかよ!?」



 数日ぶりの睡眠から起きた俺は、壁に掛けていた制服に着替え、大急ぎで家を出た。最低限の用意しか出来なかったせいで髪がボサボサだが、まぁいいだろう。


 4月なのに、もう夏の香りがする通学路を歩いて教室に入ると、胸にチューリップのワッペンを付けた、カラフルな髪色が特徴の男が居た。荷物を置いて肘を付き、窓に向かって俺は呟く。



「フッ......女は愛嬌、男は妥協ってな」


「なんじゃそりゃ。雪水(ゆきみず)も中々な男になったな」


「うっせ、脳天花壇野郎。今日はチューリップか?」


「当たり前だろ? だって記念すべき始業式だぜ? 新学期を代表するチューリップを身に纏うのは常識だ」


「ンな常識知らねぇよ! 冗談は髪だけにしとけ」


「フッ......女は愛嬌、男も愛嬌ってな」



 普段の格好も派手なコイツだが、意外なことにゲーム好きという一面もあって、中々に話が合うのが憎めないところだ。

 オマケに仲間内でのノリもよく、学年を超えてモテていることはよく知られている。


 残念なことに、俺はコミュニケーション能力に自信が無い上、1年の時に会話した人数が1桁という記録を持っているので、放課後は速やかに帰るのが日常だった。




 帰り道、新作の予約をしたゲームショップを素通りしてスーパーに寄ると、珍しく外出している紲と出会った。



「あ、兄上!? なぜここに!」


「晩ご飯の材料を買いに。お前こそなんでここに?」


「吾輩、知育菓子が欲しいなと思いまして......」


「へいへい。買ってやるから荷物半分持てよ」


「かしこまっ!」



 相変わらず明るい奴だ。どうして紲が学校に行けないのか、理解はしてるが納得できないな。

 テンションが上がってフラフラする紲の手を繋いで買い物を終える頃には、太陽が姿を消す寸前だった。


 少しペースを上げて帰宅すると、俺はすぐに料理の準備を始めた。



「珍しいね。いつもはもっと遅くに作らなかった?」


「ちょっと魔王の仕事が忙しくてな」


「......迷子、変異ミス、災害、勇者。どれ?」


「魔神戦」


「あーあ。制限がかかってるとはいえ、あのアルテミスの動きをトレースされた魔神って勝てるもんなの?」


「......頑張ればな。ノックバックのハメ技と致死毒煙霧でチマチマ削る戦法が主流だけど、本気で死ぬ思いで戦えば勝てないことは無い」


「死ぬ気でやってそれかぁ......怖いねぇ」



 そりゃそうだ。魔神は言わば、『プレイヤーへのお仕置きモンスター』なのだから。

 はぁ......ちょっと人間の賢者をモンスター化させて不老不死の魔法を開発しただけなのに......。


 だけど魔神さえ倒せば俺の勝ちだ。食物連鎖の頂点に立ち、清々しい気分でMMOに移ることが出来る。



「んじゃ、倒してくるわ。洗い物よろしく」


「はーい。がんば、兄貴」



 夕食後、トイレを済ませた俺は軽くストレッチをし、何度も何度もイメージトレーニングを重ねてからオルストを再開した。




「やっほー☆ 君が魔王だね? 結構無茶なことしでかしてくれたから、悪いけど死んでもらうね?」



 黒い髪をツインテールにした赤目の少女。これが魔神だ。武器は影剣、影短剣、影針の『影シリーズ』なるものを使うが、これらは剣戟の回数によってどんどん強化されていく。



「やっほー☆ パターンか...... インファイト(近接戦闘)だな」



 1番嬉しい行動パターンだな。

 このゲームの魔神は、最初のセリフによって戦闘時の行動パターンが決まる。『やっほー☆』ならインファイト(近接戦闘)。『ねぇねぇ』ならミドルレンジ(中距離戦闘)。『はぁ......』というため息ならロングレンジ(遠距離戦闘)だ。


 ロングレンジ(遠距離戦闘)を引けば負けが確定していたな。何せ、100メートル以上の距離を転移した瞬間に影短剣の雨を降らせてくる行動がある。あればっかりは今回の肉体では耐えられない。



「変異スキルよし。武器よし。子どもも居るから死んでよし! 来い! 世界一可愛い魔神!」



 ウチの国で作った魔剣と、度重なる転生によって得た変異スキルがあれば、なんとか魔神と戦えるだろう。始まりは羊の魔物だったが、繁栄と変異を繰り返した結果、羊の角がある魔人に進化した。


 もしここで死ねば、国営は妃の仕事となり、俺は子どもに転生してまた魔神と戦うことになる。素晴らしいシステムだな。うん。


 うん............マズイな。死ねないぞこれ。



「それじゃ、いくよ」



 影短剣を逆手に構えた。これは投擲だな。

 投げた瞬間に消える短剣。よく見れば地面を這う影が猛スピードでこちらに向かっているのが分かる。一見回避が難しいこの攻撃だが、実は簡単に対処が可能だ。


「そいっ」


 松明を取り出して足元に捨てれば影は侵入出来ない。

 だが安心するなかれ。光に当たった剣が消滅した瞬間、魔神は影剣を持って接近していた。


 大振りの斬り上げ。剣を斜めに逸らして受け流した。



「おぉ、上手上手! 周りを見るのは良い事だよ」


「すみませんねぇ? 神の怒りを買ってしまって」


「あらら、そんなつもりは無かったんだけどなぁ......?」



 互いに距離を取った。これで一合だ。攻撃力上昇倍率が一合あたり1.001倍だから、まだ余裕だ。

 と、思っていると痛い目を見るからな。出来る限り回避に徹して、一瞬の隙に攻撃を入れよう。



「よっ、と! その剣、カッコイイね!」


「ウチの職人の力作だからな。魔王の象徴でもある」


「ふ〜ん。あ、じゃあ私も象徴つくろっかな! 例えば......そうだ! これなんてどう?」



 魔神はそう言うと、両手に黒と紫が入り交じった球体を出現させた。これは魔神の魔法の1つ『メル・ヴォイド』だな。安全地帯は魔神の真後ろだ。


 今すぐにでも爆発しそうな球体を向けられた瞬間、真っ黒な波が俺に向かって押し寄せてきた。

 俺は横に逸れつつ背後に回りこむと、一撃を入れた。



「うわぁ! も〜!」


「その羽も叩き切ってやる......よっ!」



 背面攻撃(ハイドアタック)で怯んだ隙に、背中から生える黒翼にもダメージを入れる。こうすることで、魔神の飛行行動率を格段に下げることが出来る。


 その後も魔法を躱して一撃を入れ、影剣の攻撃を受け流すこと30分。遂に魔神のHPが限界を迎える時が来た。



「ふふ.......ふふふ! あはは! やるねぇ、いいねぇ、楽しいねぇ! やっぱり戦いはこうでなくっちゃ! 血湧き肉躍る戦い! 魔法も剣も盾も槍も、持てる全てを使って殺し合う! これこそが『戦い』だよねぇ!!」



 来るぞ。魔神の最後の攻撃だ。最初の『メル・ヴォイド』に影短剣が散りばめられ、小さな黒狼を呼び出す『リル・ファング』と、一時的な日蝕を起こし、空から“ほぼ”回避不可能な広範囲レーザーを放つ『ソル・フィニィス』を同時に放ってくる。


 現在発見されているこの攻撃の回避方法はただ1つ。



「殺られる前に殺れ、ってな」



 魔神が魔法を発動する0.25秒前にこちらが遠距離攻撃を放ち、魔神の視線を誘導する。その瞬間にダークエルフの長から教えてもらった『短距離転移』で魔神から5歩先の地面に転移する。

 次に魔剣で突きを入れると──


「読めてるよ」


 華麗に“上”に弾かれる。これでもう勝ち確だ。

 伸ばされた右腕の先に握る魔剣を放し、すぐにもう1つの剣、『聖剣ルヴィス』に持ち変えた。そしてそのまま弾かれた勢いを利用して、腕を一回転させるように斬り上げれば────



「な............う、そ......」


「このゲームに限っては誰にも負ける気がしないんだ。例え魔神のモーション元であるアルテミスであっても、俺は勝利を掴む自信がある」


 灰になって散る魔神を見ていると、懐かしい記憶が蘇った。


 3年前、俺は世界で唯一『魔神』を討伐したプレイヤーとなった。最後の攻撃を正攻法で完封し、『全モンスターの討伐』の実績を解除したただ1人の存在に。



「俺が誇れるものって、これ(魔神討伐)だけだな」



 独り言を零すと、ファンファーレと共にエンディングに入った。

 始まりは野山に作られた村に住む、魔人の子どもとして誕生。それからはゲーム内時間194年で死亡と転生と変異を繰り返し、今に至るまでのスライドショーが続く。



「ヴぁぁぁ、疲れたぁ。最初はのんびり始めるはずだったのに、気付いたら効率厨もビックリなショートカットを連発してたぜ、全く」



 さぁ、そろそろ寝るとするか。もう疲れた。

 ログアウトボタンに指が伸びた瞬間、ピコン! と通知が届いた。

 詳細を見れば、それは実績解除の知らせだった。


『魔神をノーダメージで倒す:【魔を統べる】』


 実績項目に無い、初めて見た実績だ。これはアレだな。イースターエッグ(隠し要素)ってヤツだな。

 にしてもノーダメージで魔神を倒す......確かに初めてかかもしれない。




「実感湧かねぇ実績解除か......ま、楽しかったしいいや」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 心情の描写の中に解説を入れるのがとても上手で分かりやすかったです。特に戦闘のとき、魔神の技を具体的かつ簡潔に心の中で説明してくれてて良かった!あとは、やはり躍動感があることですね。あんなに…
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