見切り、ギリギリス
「雪水、今日はいつにも増してクマが濃いぞ」
「ちょっと6時まで起きててな......眠い」
「アホか。ちゃんと寝ないとパフォーマンス落ちるだろ」
至極真っ当なことを言うんだな、脳天花壇野郎。
だが安心してくれ。俺はトリポーラに戻った後、インベントリがダガーで埋め尽くされるまで兎狩りをしていただけだ。
しかし、レベルは上がらなかった。
哀愁漂うステータスを脳裏に浮かべて机に突っ伏し、一限の間は寝よっかな〜と思っていると、俺たちを見つめる1人の女子生徒が視界に入った。
「誰だっけ、あの人。黒髪ポニテの」
「剣道部の錐佐見だな。好きなのか?」
「ごめん、俺にはもう恋人......いや、恋ゲームがいるから......」
「かわいそうに、錐佐見。無念だな」
新作が出る度に愛するゲームは変わる男だ、俺は。
今はもっぱらオルストにのめり込んでいるが、これまで何人ものゲームに愛を誓い、捨ててきたか。
「無念も何も、告白すらしていないのだが?」
「あっ、バレてた。というかいつの間に!?」
脳花、お前耳悪いだろ。普通に足音聞こえてたぞ。
俺は寝たフリをして2人の会話を聞くとしよう。学生の間だけなんだ。同級生の喧騒を耳に、眠りにつけるのは。
「一家相伝の歩法だ。先祖の忍者が継承したそうで、今も代々受け継がれている」
「お前、同級生相手にそんな技使うなよ」
「いいじゃないか。それより私がなんだって?」
「いや、その......雪水がお前のことが好きだって」
あれ? 脳花君、キミそんなこと言っちゃうの? 俺を男女関係のトラブルに巻き込むことは、誰も幸せにならない結末になるぞ?
「ど、どどど、どして緋月君が私を!?」
「ごめん嘘」
「......ぶっころ☆」
「あひん!」
今日も世界は平和だ。
暖かい春の温もりと、次第に暑くなる陽を浴びて、今日も俺は穏やかな学生生活を送る。
「たでぇま」
「おけぇり。今日の晩ご飯はピッツァをデリィヴァリィしない?」
「じゃあ適当に注文しといてくれ」
「あいあいさー!」
紲、俺はこれから武士になるんだ。
オルストでのマーニェイズ戦、そしてナナシキ戦でも感じた反応速度の低下。それを今から戻す作業に入る。
「久しぶりだな、『白刃取り音頭』」
ピンクと水色のポップな真剣を白刃取りするふんどし姿のおっさんが描かれたパッケージを手に取り、カセットを入れ替える。
俺はミズキではない。シラユキになるんだ。
長い銀髪を下ろした、ふんどしの男にッ!!
◇ ◆ ◇
「行くぞ、音速刀!」
「ッ!? 神速刀ッ!」
PvPモードはいつもの反射神経ゲーをやってるな。
威力は高いが出が遅い振り下ろしの音速刀と、威力は低いが出が速い抜刀術の神速刀。
前者の刀は一般人がギリギリ刀の振り下ろしが見える速度が、後者は逸般人でないと観測することすら不可能だ。
うむ。やはりふんどし姿は俺しか居ないな。
「で、出たぁぁぁ! ふんどしのロン毛......お前があの伝説のシラユキだな!?」
「伝説なのはこの刀な。あと、君もふんどし、要る?」
俺の優しさは、首が取れんばかりに横へ振られた。
このゲーム、イベントで上位に入らないと自分の刀が変化しないからな。やっぱりドス黒い気体をだすこの刀、使うのやめようかな。
そうして俺の姿を見ては恐れる者と笑う者が増えていくと、聞き覚えのある声が轟いた。
「シラユキ殿が帰ってきたとは誠かッ!?」
「おひさ、ギリギリス」
「斬り合おうぞ!」
「ちょ待て待て待て! ここ戦闘禁止エリアだから!」
大衆を割って突き進んで来た頬に十字の傷があるこの男は、白刃取り音頭の超古参プレイヤー『ギリギリス』。
このゲームのPvPを専門とするプレイヤーの通称“キルマン”の名付け親だ。
無論、俺も立派なキルマンだ。音ゲー部分はぬるすぎた。
「すげぇ、シラユキとギリギリスの戦いとか、マジで何年ぶりだよ......泣けてきた」
俺も泣けてきた。復帰早々コイツに見つかるとか、呆れと笑いを通り越して泣けてくる。
「はぁ......3ヶ条か?」
場所を変え、ギリギリスと向かい合う。
周囲のギャラリーは続々と増え、まだこんなにアクティブプレイヤーが居たのかと感動する。
さて、このゲームにおける1対1の戦闘、通称“稽古”は、主に3ヶ条と言われるルールがある。
一つ、逃げず、背中を見せず。
一つ、邪魔する者は斬り捨てる。
一つ、敗北は一手を受けること。
「無論! しかしシラユキは久しぶりの稽古だろう。甘くしてもよいぞ」
「俺、甘いのあんまり好きじゃないんだよね」
「そうか。では──」
「「お命頂戴ッ!!」」
そして訪れるのは、静寂。
上級者は皆、受けが強い。それは繰り返し繰り返し白刃取りをしてきたせいで、刀の軌道が読めるからだ。故にハイレベルな戦いとは、刀を使わない。
お互いに神速刀の構えはするものの、一寸も動かない。
「シラユキ殿。直近の獲物は?」
「ダガー......短刀だな」
「やはり。踏みが──甘いッ!」
ギリギリスが先手だ。繰り出すのは神速刀を発動した瞬間にキャンセルし、抜刀だけを素早くした音速刀。
俺が開発した“神キャン”、今じゃ呼吸レベルか。
対する俺は構えを変えず、待つ。
これを見てるギャラリーは、俺の頭がかち割る姿を想像しただろう。あぁそうだ野良猫ちゃん。このままじゃ俺の頭は桃太郎よろしくパッカーンだ。
このままじゃ、な。
ギリギリスの刀が俺の髪に触れた瞬間、一気に腰を低くし、神速刀で刃を抜く。
しかしこれはキャンセルしない。ただの神速刀だ。
「くっ......甘えたのは拙者だったか......」
「ふぅ。緊張したぁ」
背後で膝を付くギリギリスの胸に、赤い筋が走った。
「うおおおおおおお!!! すげぇぇぇ!!!!!」
「何だよ今の!? 完全にギリギリスを見切ってたぞ!!」
「とんでもない一手が出ましたよぉ!?!?」
いや、見切るというより予測したんだ。髪に触れた瞬間ってのも、そこまで振り下ろさないと技をキャンセルされてしまうかもしれないからな。
初戦で勝てたのは良かったな。温まってきた。
「今、手加減してた。シラユキ、余裕を持ってた」
「む? サギリ殿か。余裕は無かったと思うが?」
うわでた。キルマンランキングこと、人斬りイベント『あなたの悲鳴を響かせて』の3位ランカー、サギリ。
人の稽古を録画して、何度も見返して研究する変態だ。
「これ見て、さっきの稽古。ココ、シラユキよそ見してる」
「誠ではないか! どういうことだ!?」
おい、誰が正直に「野良猫見てました」なんて言えるんだ? 俺は言えないぞ。相手に失礼だからな!
「この目線、少し緩い表情......もしかして、野良猫?」
「はい! 野良猫見てました!」
ば、バレてしまったからにゃあ生かしておけねぇ。
ギリギリスのような正直なキルマンは、動きが読み易すぎるんだ。ちょっとぐらい余裕が生まれるモンなんだよ。
「シラユキ、私と稽古して」
「え、やだ。粘着されたくない」
「ねんちゃ......それはもう辞めた」
「実際のとこどうなん? ギリギリス」
「負けた武士の後をつけ回っておるぞ」
「な? だから嫌なんだよ」
研究熱心が強すぎるんだよ。昔のサギリを斬れたのは俺ともう1人居たんだが、あまりに観察されすぎたせいでサギリ恐怖症になってたんだからな。
厄介を抱えるのはもう御免だ。
「ふーん? 私に勝つことが前提なんだ」
「誠珍しい。サギリ殿が自信満々だ」
「なんか新しい小技でも見つけたか?」
「うん。それでシラユキを斬る」
「オーケー、小技見るためだけに戦うわ」
こうして、元キルマンランカーの稽古が始まった。
反射神経テスト、たまにやると面白いですよ。
次回『秘伝・奥義・必殺!』