卵に還る
画面越しに1人の少女が無双する。愛銃と言って誰もが嫌うピーキーな武器「サナ・エクシトゥム3014」を試合中に見つければ狂喜乱舞して拾い、誰も真似出来ないようなトリックショットで敵を撃破する姿に、俺は憧れた。
「じゃあ今日の配信は終わりかな。みんなありがとね〜! あ、そうそう、3年くらい引退......というか活動休止するね! んじゃ、おつ〜!」
息をするように告げられた活動休止の言葉に、おぞましい量のコメントが流れた。かく言う俺も何か書こうとしたが、その言葉で何かが変わる訳でもないので辞めた。
配信が終わり、SNSを開くと世界トレンド1位に「活動休止」の文字が出ていた。
深いため息を吐いて、自室からリビングへと向かうと、妹がショートケーキのイチゴにフォークを刺していた。
「あ、傷心モードだ。イチゴ食べる?」
「貰う」
「はい......あーげた!」
俺の口の前でひょいっとフォークを上に向けた我が妹。拙者、少々の苛立ちを抑えること難しき。
「ごめんね〜。で、どったの」
「アルテミスの活動休止。3年だってさ」
「わぁお、そりゃ傷心する訳だ」
あの人に憧れて始めたVRゲームにハマり、もう8年も経つ。人生の半分はゲームの世界で生きてきたと言っても過言ではない俺にとって、ある種の神が死んだようなものだ。
アルテミスがプレイするゲームは、どんなクソゲーであっても俺は手を出した。たまに対戦相手で当たった時にボコられるのも、俺にとっては幸せだった。
心に5.56ミリの穴が空いた。そんな気分だ。
「ところでマイブラザー、アンタがドハマりしてたシミュレーションゲームを元にしたVRMMOが出るんだが......知ってるか?」
味のしないケーキを1口貰い、これから部屋に戻ろうかという所で、紲の口から気になるワードが飛び出た。
「紲、お前の兄貴は死んだ。もう諦めろ」
「開発にあの『アルテミス』が関わってても?」
「詳しく聞こう」
普段あまりゲームの話をしない紲から細かく説明を受けた俺の心は、HP上限まで回復した。いつから俺の妹はヒーラー属性を得たのだろうか。お兄ちゃん気になるよ。
自室に戻り、VRヘッドセットにカセットを差し込んだ。タイトルは『Alternative story 〜君の繋ぐ物語〜』これは、アルテミスがプレイヤーモーションを監修した、“ほぼ何でも出来る”生態系シミュレーションゲームだ。
プレイヤー自信が動物や植物になり、進化や絶滅、疫病、突然変異の苦難を乗り越えながら繁栄させるという、ハマれば時間が溶けるゲームだ。
......他の楽しみ方も無数にあるが。
「さて、まずは予備知識を深める為に、久しぶりのストーリーモードでもやるか!」
件のVRMMOが出るまでの2週間。春休みが残り10日なので、始業式までに“アイツ”を倒すため、頑張るか。
「目指すか......魔王」