「34」 論語と算盤 【肆(四)】
「34」 論語と算盤 【肆(四)】
(「33」の続き)
2つに分けるとしたら、
例えば男と女。
3つに分けるとしたら、
個体 液体 気体
(水がわかりやすい例(H2O))
さて、「論語と算盤」の研究の続き
〈一個人の利益になる仕事よりも、多くの人や社会全体の利益になる仕事をすべきだ。 多くの人や社会全体の利益になるためには、その事業が着実に成長し、繁盛していくように心がけなければならない。〉
と書かれている。
僕も四十代の今、この文章を読んで気づく。
「自分一人だけ、儲けて、社会や他の人のこと考えずに暮らすのは上手くできない気がする。」
(例え、金があり働かなくて暮らしていけるとしても、働かないのは不味い。多くのお金持ち(力のある人間)が働かないで遊んで暮らしていたらどうなる?それが健全な社会か?)
(働く仕事するにも、イロイロある。20代と50代の仕事の内容が変わるように。実績の差は責任感の差である。 若い時から中年、定年まで仕事をし頑張った人に、老後無理して労働を求めているわけではない。年金や貯蓄があるだろう。)
「自分だけは社会のこと考えない」
この身勝手な気持ち、先がある考えなんだろうか?
似たような考えの人が(気持ちが伝染して)
増えていったら、社会が終わっていく。
自分一人だけなら、ワガママしても良いという理屈が不味い。
誰かが、ニートしてるから自分も真似するのも不味い。
どうやって、病気を治すか?
間違いを間違いと認める。
なぜ、間違いなのか理解する。
(病気や怪我で苦しんでいて、治療中の人間に働けないのに働け!と言っているわけではない。病気や怪我を一生懸命治せばいい、完治できなくても働ける体になればやれる仕事をすればいい。薬飲みながら働く人間は多いだろう。)
何が悪循環なのか、何が病気なのか考えるべきだ。
(小さな気持ちから、大きくなることはある。)
〈福沢諭吉さんの言葉に、「書物を著したとしても、それを多数の人が読むようなものでなければ効率が薄い。著者は常に自分のことよりも、国家社会を利するという考えで筆をとらなければならない」〉
とも書いてある。
僕はこの場を借りて、自分の文章を発表している。
しかし、志しが低かったかもしれない。
本来、本を出版し他の人に買って読んでもらえるということは、こうゆうものなのかと思う。
どんな本が今、必要とされているのか?
志しを高くしないと、良いものが書けない。
例え、自分の理想が高いとしても
それに正しい気持ち理屈で頑張り努力することは大切だ。
今までの自分の志しの低さに反省し、今からでも変えて頑張りたいと思う。




