「23」 論語と算盤【弐】
「23」
論語と算盤【弐】
昔、「仁義」と聞いたら本職っぽくてなんか違和感があった。
仁 義
もともとは、昔から大切にしてきた哲学的な意味もある言葉なのに。。
日本の旗(日章旗)だって、みんなが知るデザイン。
しかし、なかなか車とかにシール貼る人はいない。
まぁ、≪舐めたらアカン≫って意味合いもある。
さて、【「論語と算盤」から】
道徳という文字は、中国古来の伝説上の時代の「王者の道」という
意味が語源になっているらしい。
《まぁ、僕の行っていた公立小学校(昭和後期)では担任が道徳の授業になると自習や校庭で遊んでこいとちゃんと習った記憶がない。そんな時代だったのだろうか? 》
ダーウィンの説からも
科学の発明や生物が進化していくのに従って、おいおい起源の古い道徳も進化していってもよいのではないかと言っている。
郭巨という人が、貧しいため親を養う財産がなく、自分の子供を生き埋めにして養う人数を減らそうとした。そこで土を掘ったら黄金が出てきた。これこそ親孝行の徳であると中国の「二十四孝」に例がある。
いまなら普通「馬鹿なことする」「困ったものだ」と人は言うだろう。
つまり、親孝行一つとってみても、世の進歩につれて人が何を誉め、何を貶すか基準は変わっているといってよい。
仁や義といった、社会正義に重要な道徳がある。
結局、道徳の根本に関していうなら、昔の聖人や賢人の説いた道徳というものは、
科学の進歩によって物事が変化するようには、おそらく変化しないに違いないと思うのである。
すごい、渋沢栄一はやはりズバリ書かれている!
言われてみると納得で、無意識で分かっていると勘違いしているかもしれない。
今の時代に(令和)読むたびに、俺は感銘を受ける。




