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<R15>15歳未満の方は移動してください。

屋上から落ちて記憶喪失になりましたが、目覚めると何故か彼女が三人出来てました。

作者: しいたけ

 その日、朝の占いコーナーは3位だった。


「行ってきます」

「いってらー」


 何気ない朝の習慣を終え、家を出る。昨夜に降った雪が少し、道路に残っていた。


「まーくん、おはよう」

「おはよう」


 俺の朝女神こと猪苗代(いなわしろ)凜々花(りりか)は幼少からの幼馴染み。学校も同じで毎朝一緒に登校している。


「面接、もうすぐだよね。大丈夫、落ち着いて行こうね」

「自信ないなぁ」

「新卒はやる気とフレッシュ感だって、先生も行ってたじゃない」

「お、おう」


 地元企業に就職希望を出した俺は、近々面接となっており、否応なく緊張が増している。

 凜々花はそんな俺を笑顔で励ましてくれる、優しい女神なのだ。


「受かったらさ」

「うん?」

「その……何処か行かない?」

「いいね、俺運転するよ」

「免許取れたら、ね」

「ハハ、確かにな」


「おはよう諸君! 今日も仲が良いな!」

「相馬会長おはようございます」

「おはよーっす」


 校門で挨拶運動をする生徒会長にこっそりと手を振る。相馬さんは俺の心のアイドルである。

 きっと大人になったらバリバリのキャリアウーマンになるに違いない。そんな雰囲気を醸し出している。



 昇降口で凜々花と別れ、いつも通り下駄箱を開ける。


「お?」


 俺の上履きの中に、小さな二つ折りの紙が見えた。



【放課後屋上で待ってます】



 ……………………。


 あれか?

 あれなのか?

 あれじゃないのか?





 リンチか?





「いやいやお前、これは愛の告白だろーよ!」

「ウグッ」


 クラスの友人である檜枝岐(ひのえまた)(なぎさ)に紙を見せると、神速のツッコミが俺の胸に飛んできた。


「ついにお前にも春が来たか! ハハハ俺は嬉しいなぁ!」

「おいおいまだ確定したわけじゃ」


 笑いながら肘でグイグイと俺の肩を押す渚に、俺は苦笑いを返した。

 そうと決まった訳ではないのだが、やっぱり告白なのかと思うと自然に笑みが出そうになる。


「後でどうだったのか教えろよ? もし彼女が出来たらお祝いにドライブ行こうぜ! 免許取ったんだろ?」

「まだだよ。教習所は卒業したけどさ」

「落ちたら俺の免許半分貸してやるよ」

「アホ言え」


 なんだよ半分って。


 その日、俺は上の空で外ばかりを眺めていた。

 ただひたすらに、そわそわと放課後を待ち続けた。



 そして放課後。

 俺は緊張の面持ちで屋上へと続く階段を登った。


 誰も居ない、どこか寂しさを覚えるような放課後の屋上で、手摺りにもたれながら曇り空の向こうを眺め続けた。


「塩原先輩……」

「お、国見(くにみ)。どうした?」


 来たのは同じ部活の一つ後輩、国見あかり。

 小柄な身長だが、いつも元気なパワフルウーマンだ。


「先輩……今時間いいですか?」

「ん? んー……後じゃダメか?」


 これから人生を大きく左右する一大イベントが始まるのだ。それどころではない。


「誰か待ってるんですか?」

「ん? んー……まぁ、な」

「手紙……ですか?」

「えっ?」


 静かに胸に手を置く国見は、何処か真剣な眼差しで俺と対峙した。


「先輩」

「あ、はい……」

「私……先輩が好きです」

「──!?」


 ……もしかして、手紙の差出人って──


「下駄箱に手紙を入れたのは、私です」

「国見だったのか……そうか」

「お返事……聞いても良いですか?」

「ん? んー……」


 気持ちは嬉しい。それは間違いない。

 だが…………


「……ゴメン」


 口を開くが言葉が出ない国見は呆然としている。そんな顔をさせてしまった罪悪感が胸に突き刺さった。


「ごめん……」


 いたたまれなくなり、逃げるようにその場から去ろうと、手摺りに手を掛け遠くを見る。


「えっ?」


 手が手摺りをすり抜けた。


「──先輩!?」


 地面が見えた。

 手摺りが腐って崩れたのに気が付いたのはそれからだ。


「うおおお!?」


 ジタバタと手足が動いた。

 屋上から落ちた俺は二階の女子更衣室に居た生徒と目が合った。最後のラッキーだ。


「先輩ー!!!!」


 そのまま地面に落ちた俺は、まるでスマホの画面が割れるように視界が分裂し、一瞬で消えた──。









 …………夜。目を覚ました。


「痛い。なんだろう? 体中が痛いな……」


 何故か自分は病院にいた。


「おー、起きたかい?」


 隣のベッドから声がした。


「え、あ、はいぃ……」

「待ってな、今ナースさん呼ぶから」


 隣のカーテンが開くと、パジャマを着たお婆ちゃんが、僕のベッドのナースコールを押した。


「はい」

「この子、目が覚めたってよ」

「あ、ありがとうございます。今向かいます」


 すぐに駆け足が聞こえた。

 看護師さんが現れると、程なくして男の先生もやってきた。


「大丈夫かい? 何処か傷むかい?」

「え、ええ……頭が少し」

「相当強く打ったからね。無理も無い。明日、一番で検査入れとくから」


 淡々と行われるやり取りに戸惑いながらも、僕は疑問を投げかけることにした。


「あのー……」

「はい? どうしましたか?」

「僕、どうしてココに?」

「あー……」


 先生と看護師さんが顔を見合わせた。


「記憶が無いのかい?」


 お婆ちゃんの声がカーテン越しに聞こえた。




 どうやら僕はここ一ヶ月程の記憶を失ったらしい。

 現に、何故病院に居るのか。何故頭が痛いのか。まるで覚えていない。


「一時的なものかもしれませんし、ずっとかもしれませんが、日常生活に影響は無いでしょう。覚えていない部分はもう一度覚えれば良いので、焦らず行きましょう」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 朝、駆けつけた両親が先生に何度も頭を下げていた。

 どうやら僕が助かったのは奇跡的なものらしい。もう少しダメージが強ければ死んでいたそうだ。幸い検査も異常なしだったが、頭には大きなコブが出来ていた。


「父さんに似て石頭で良かったなぁ!」

「うん、うん……!」


 泣きじゃくる両親を見て、とても心配をかけたのだなと感じつつも、記憶が無いので不思議な気分になった。



 家に帰ると、すぐに凜々花がやって来てくれた。



「まーくん大丈夫!?」

「え、あ、うん……とりあえずは、かな」


 今にも泣き出しそうに目を潤ませ、凜々花が僕に抱きついた。


「良かった……!! 本当に良かった……!!」

「大げさだなぁ……」


 凜々花の頭の向こう、カレンダーの日付に、見覚えの無い丸がしてあった。


「面接……?」

「来週だね。大丈夫?」

「ごめん、何の面接だっけ?」

「えっ?」


 僕は凜々花に事情を説明した。

 半信半疑くらいに聞いて貰えればと思っていたが、凜々花は驚くほどに真剣な眼差しを向けてくれた。


「すぐに戻れば良いんだけど……」

「大丈夫だよ、とりあえず安静にしてようね」

「そうだね。ありがとう」


 幸い土日ということもあり、僕は二日間自宅でのんびりとした。のんびりと言っても、学校や警察に説明やなんだでそんなに悠々とは出来なかったけど、なにぶん覚えてないから、説明も何も無い。自分が落ちた屋上の手摺りを見て、ゾッとしたくらいだ。

 月曜には多少頭のコブも引いて、普通に登校も出来た。


「まーくん、何だか少し変わったような……」

「うーん、自分でも良く分からないけど、何だか時間が飛んだような感じがするんだよね」

「あの、ね……今日……放課後、一緒にお買い物行く予定なの……覚えてる、かな?」

「えっ?」

「ううん、やっぱり覚えてないならいいんだ」

「覚えてなくてごめん、行こうよ。怪我ならもう大丈夫だから」

「ありがとう、嬉しい」


 昇降口で凜々花と別れ、クラスへと向かう。

 僕を見て少しザワついたが、友人の檜枝岐がいの一番に寄ってきた。


「大丈夫だったか!? 滅茶苦茶心配したぞ!!」

「ごめん、大丈夫」

「死んだかと思ったぞ!?」

「ごめん」

「良かったなぁ! ほんとに無事で良かったなぁ!」

「あ、ありがとう」


 檜枝岐が思い切り抱きついてきた。人前だから恥ずかしいのだけれども……。

 それに檜枝岐って男の子なのにこんなに良い匂いしてたっけ? 何だか体も柔らかくて、これ以上は宜しくない気がする。


「あ、スマン! 怪我人に……!」

「ううん、大丈夫」

「……なんか、雰囲気変わった?」

「そ、そうかな?」


 慌てて離れる檜枝岐に、おもわず僕も慌てて首を振る。


「で、何があったんだよ……」

「それが……」


 僕は出来る限りの説明をした。

 檜枝岐はとても驚いていた。


「マジかよ……」

「うん……ごめん」

「謝ることねーよ。お前が無事だったんだ。それだけで良かったよ」

「ありがとう」


 肩を叩いて席に戻る檜枝岐。僕も席に着いた。


 授業はいきなりページが飛んだように、訳が分からない箇所から始まった。


「……?」


 何が何だか分からない先生の話を、ただ呆然と聞くしか無かった。




 放課後、部室へ顔を出すと、皆が心配そうに声を掛けてくれた。


「心配おかけしました」

「警察とか凄かったぞ」


 頭を下げた。


「すみません、何やら記憶が飛んだみたいで、何にも覚えてないんですよ」

「飛んだのが記憶だけで良かったなぁ」


 今日はすぐに帰る旨を告げ部室を後にすると、後輩の国見が慌てたようにやって来た。


「せ、先輩……!」

「ん? どうしたかな?」


 国見は辺りを見渡し、僕の袖を引いた。


「ほ、本当に覚えてないんですか?」

「うん」

「あの日、何があったのか」

「ごめん、なにも思い出せないんだ」


 国見に引かれ、向かった先は屋上だった。

 立ち入り禁止の張り紙が扉にしてあり、隣の窓からはぽっかりと外れた手摺りが見えた。


「……どうですか?」

「ごめん、何も」

「落ちたところへ行きましょう」

「う、うん」


 また国見に袖を引かれ、僕は屋上の真下へとやって来た。

 僕の落ちたところは校舎裏の草が生い茂る日陰になっており、夕暮れになると薄気味悪い場所だった。

 上を見ると、ぽっかりと外れた手摺りの部分が見えた。


「先輩あそこから落ちたんですよ」

「よく助かったね」


 何度見ても、助かるような高さには見えなかった。


「奇跡です」


 国見は泣いていた。

 そして、暫く押し黙った。


「……ごめん、心配かけた、かな」

「先輩……あの日……」


 国見がスカートのポケットから紙を取り出した。

 シワシワになったその紙は、二つ折りになっている。


「すみません、あの日、怖くて言えなかったんです……」


 紙を受け取り、中を広げる。

 そして、あの時、僕は国見といた事を理解した。


「私が突き落としたんじゃないかって、疑われるのが怖くて……! 偶然見付けた事にして……わたしっ!」

「あー……しょうがないよ」


 苦笑い。


「話してくれてありがとう」

「ごめんなさいっ……ごめんなさいっっ!!」


 こうして生きている訳だし、別に落とされた訳じゃないし、国見を責める理由は無い。


「別に国見は悪くないよ」

「先輩っ……!」


 国見が抱き付いてきた。強く。


 それよりも、新たな疑問が出来たので、先にこっちを解決する方がいい……のかな?


「で……この手紙の用事って……もしかして?」

「え、その……」


 国見が慌てて離れ、恥ずかしそうに手を顔に当てて顔を振った。どうやら当たりらしい。


「その……こんな時に言うのもなんなんですが……」


 もじもじと手を下で組み、体を揺すっている。




「本当に、私で良いんですか?」



 そうか、あの時の俺はオーケーをしたのか。


 確かに国見は後輩の中でも可愛らしいし、愛くるしいし、彼女としても申し分ない──ていうか、自分を選んでくれるだけでありがたい。そうか、僕はあの時彼女が出来たのか。


「もしかして、浮かれて手摺りに何かした?」


 国見は苦笑いをして、無言で小さく頷いた。

 アホだな僕は。


「ちょっとよく覚えてないけれど、こんな僕なら宜しくお願いします」

「……嬉しい。こちらこそ宜しくお願いします」


 その後、僕は国見と連絡先を交換して、その日は帰宅した。





 それから数日が過ぎたが、記憶が戻る気配は無い。

 授業内容から置き去りになってしまい、このままではマズいと思った僕は、檜枝岐に勉強を教えて貰うことにした。


「ごめんね、自分の勉強もあるのに」

「いいさ。俺は余裕だからな」


 教科書を開き、二人で膝を突き合わせる。

 檜枝岐は学校帰り、僕の部屋に勉強道具を持ってきてくれた。


「親は?」

「今日は遅くなるって。僕が落ちたとき仕事全部投げてきちゃったから、その分遅れてるんだって……」

「いい御両親じゃないか」

「うん。凄い迷惑を掛けたみたい」

「気にするな。死んだら終わりなんだから」


 ゆっくりと檜枝岐が正面から僕の隣へとすり寄ってきた。何だか雰囲気がある動き方をしていた。


「こっから忘れてるのか……どうりでな」

「え?」

「これの少し後に、今日みたいにお前の部屋に来たことがあってな」

「う、うん……」


 檜枝岐が制服の第一ボタンに手を掛けた。

 なんだ……?


「その時初めて話したのを……忘れたんだな?」

「えっ、ご、ごめん……何の話しだっけ?」


 慌てて謝るも、檜枝岐は気にすること無く第二ボタンを静かに外した。


「俺、お前の事が好きなんだ」


 ワイシャツのボタンは既に外れていた。その下に、あるはずの無い膨らみが見えた。


「なっ──なあっ……!?」


 自分で言うのもなんだけど、凄い変な声が出た。


「檜枝岐、お前女のこ──モゴッ!?」


 檜枝岐が僕の口を手で塞いだ。強く。


「お前に言うのは二回目だぞ?」

「もがっ! もごがごが……!?」


 頭を振るも檜枝岐の力はかなり強く、僕は抵抗を許されなかった。


()なんて言葉、使いたくないんだけど……お前にだけは使ってやるよ」

「ももももも……っ!!」


 檜枝岐の顔が怖い。


「私はお前が好きだ……そしてあの時……お前も私ならいい。確かにそう言ったんだ……!!」





 ──はい?




 力が抜けた。萎みきった風船のような、魂が抜ける感じがした。

 檜枝岐の手が口から離れ、テーブルのアイスコーヒーを一口飲んだ。


「デートの約束も忘れやがって……」

「……っ……ぇ……?」


 言葉が出ない。


 頭がどうにかなりそうな位に、今自分が置かれた状況を理解できていなかった。


「でもいいさ。これから頑張っていこうぜ」

「へ……?」

「俺のことは思い出してからで良いから、まずは勉強、頑張ろうぜ」

「え、あ……うん」


 それから夜まで檜枝岐に勉強を教えて貰ったが、正直、何一つ頭に入らなかった。




 その日、ベッドの中でじっくりと考えた。


 僕は記憶を失う少し前、檜枝岐から告白をされ、オーケーをした。

 そして落ちた当日、国見に告白され、オーケーをした。


 …………僕は二股をしようとしたのか?


 檜枝岐との交際は、多分公然の秘密だろう。

 そして、裏で国見とこっそり突き合おうとした。


 記憶を失う前の僕は、もしかして相当な悪に走っていたのだろうか?


 無い一ヶ月の記憶より前に、それらしい記憶は無い。

 普通に檜枝岐と遊んでいただけだし、国見とも部室でたまに話すくらいだ。


 しかし、知らぬとは言え、僕はその悪の片棒を担いでしまった。

 もし檜枝岐の事を知っていたら、国見の事はあの時土下座してでも無かった事にしていただろう。


 知らぬ間の後始末をするのかと思うと、いくら自分が招いた事とは言え、やはり憂鬱だった。



 檜枝岐……女の子だったのか…………。



 それだけがやけに頭に残り続けた。





 土曜日、帰りの遅い両親は朝になっても眠っていた。申し訳なくて静かに廊下を歩いた。


「あ、おはよ」

「猪苗代?」


 何故か猪苗代が僕の家のキッチンに居た。


「昨日、まーくんのお母さんからメール貰ってね。ご飯お願い出来ませんか、って」

「……ごめん。ありがとう」


 本来なら僕がやるべき事なんだろうけど、ほんとに僕は助けて貰ってばかりだなぁ……。


「ううん。怪我人は座っててよ♪」

「もう痛くないんだけどね」

「脳に障害が残ったら大変じゃない?」

「こ、怖いこと言わないで……」


 ちょっとリアルで身震いがした。




「それに、親公認の仲じゃない?」



「えっ!?」


 少し大きな声が出てしまい、慌てて口を閉じた。


「嬉しかったなぁ。まーくんが私のことが好きだって言ってくれた時ね、私気絶するかと思ったんだよ?」



 僕は頭を抱えた。



「どうしたの? 頭痛いの!?」

「ううん、大丈夫」


 別な意味で頭が痛いんだけどね。

 どうやら僕は相当な馬鹿者だったらしい。

 自分が下半身の化身だと知り、正直絶望している。


「本当は思い出すまで待っていようと思ったんだけど、彼女なんだからこんな時こそ支えないとね♪」


 笑顔で猪苗代が料理を続けた。

 出された朝食はなんの味もしなかった。

 身震いだけが止まらなく、僕は罪の意識から消えたくなっていた……。





 休みの学校は何処か寂しげで、自分の足音すらハッキリと反響したので、そっと上履きを脱いだ。

 部活の生徒のために正門も開いているので、入ることは容易だった。


 屋上へと続く階段を登り切り、扉に手を掛けるがやはり開いていない。

 しかし隣の窓は普通に開くので、そこから身を乗り出して屋上に出た。


 上履きをはいて、そっと歩き出す。

 手摺りまでの数十歩の間に、何らかの解決策を見いだせるほど、僕の頭は良くはない。

 三股がバレれば僕の噂はたちまちに流れ、ネットにも晒されるだろう。もう終わりだ。

 ならば死んでお詫びするしかない。

 なにより、平気で三股を仕掛けようとする前の僕に嫌気が差したのだ。


「残念だったな、僕」


 手摺りの下は草が生い茂っていた。

 ふと、あることが頭を過る。


 もしかしたら三股がバレて落とされたのではないか……。


 もしかしたらそうなのかも。

 もし、仮にそうならば、人殺しにならずに済んで良かったと思う。そして僕は自らの意思で死ぬ。これでハッピーエンドだ。


 ──さようなら。








「──痛てぇ」


 目が覚め、そこが病院であることを理解するに、そう時間は掛からなかった。

 起き上がるととんでもない痛みが全身を走り、再びベッドに倒れた。


「メッチャ痛い!! なんだこれ!?」

「おう、起きなすったか。今ナースコールするでよ。お前さんも大変だなぁ……」


 隣の婆さんが痛みで動けない俺の代わりに看護婦を呼んでくれた。


「大丈夫ですか?」

「メッチャ痛いです!」

「ですよねぇ」

「でも、俺助かったんですね! 手摺り腐っててマジ焦りましたけど、生きてて良かったです!」

「うん?」


 オッサン先生と看護婦さんが、顔を見合わせた。

 そしてすぐに親が呼ばれた。


「この馬鹿者!! どれだけ親に迷惑を掛けるつもりだ!!」

「いやいや、手摺りが腐ってたんだってば!」

「何か嫌なことでもあるのかいこの子は!?」


 到着するなり泣き出す両親。


()()落ちるなんてどうかしてるぞ!!」

「この子はほんとに──」


 ……また?


 ちょっと待てよ。


 俺、国見に呼ばれて、告白されて、そして手摺りから落ちて…………またってどういう事だよ。


「ごめん、どういう事だよ。理解できないんだけど?」

「それは父さんと母さんのセリフだよ!!」


 俺は不思議に思い、考えるも、何も思い出せない。


「アンタ、二回も落ちるなんてついてないねぇ」


 隣の婆さんがクスクスと笑った。




 どうやら俺は二回、あの屋上から落ちたらしい。

 そして普通に学校に通い続け、また落ちた。

 一度目の屋上は十日前。二度目は昨日。

 そして、俺は十日前からの記憶が……無い。


「記憶喪失から戻り、その間の記憶が失われたのだと思います」


 いまいちオッサン先生の説明にピンと来ないが、どうやら俺は一度目にも記憶を失っていたらしい。

 幸い大怪我も無く、精密検査も良好で、俺はすぐに退院できた。


 面倒なのは警察と学校への説明だった。

 一度目は手摺りが腐ってて自分で落ちたと説明したが、二度目は自分でも覚えてないのだから、説明のしようが無い。

 何故俺は落ちたのか?

 何故俺は休みの学校へと行ったのか?

 しかめ面で何度聞かれようが、俺は覚えてないとしか答えられなかった。

 そしてメッチャ怒られた。


 家に戻ると、猪苗代が待っていてくれた。


「まーくん……!!」

「いてて! 猪苗代痛いぞ!」

「あ、ごめん!」


 慌てて離れる猪苗代。

 俺は心配かけて申し訳ないと、謝った。


「なんか記憶が無いみたいでさ、十日前から全然覚えてないんだよね。俺何か変わった事あった?」

「──え?」


 猪苗代の表情が険しくなった。


「一回落ちた後の事……覚えてないの?」

「ああ。さっぱり」

「その前の事は?」

「覚えてるよ? あの日、俺国見に呼ばれて屋上に行ったんだ。そしたら手摺りが腐っててさ。マジ焦ったよ」

「……国見さん?」


 猪苗代の表情が更に険しくなった。


「ほんとだよ、自分で落ちといて言うのもなんだけど、二回落ちただなんて信じられないね」

「ふぅん……で? 国見さんはその時、何の要件だったの?」


 猪苗代の圧が一段と強くなるのが分かった。

 何を気にしているのか……直ぐに分かった。

 マズったなと気付いた時には後の祭りだ。


「こ、告白された」

「返事は、したの?」

「断ったよ」

「そうだよね。まーくんは私と付き合ってるんだから」

「──へ?」


 我ながらアホな声が出てしまう。

 いつの間に俺は猪苗代と突き合うことになったんだ?


「まーくんが記憶を無くしている間……私、まーくんに告白したの。覚えてないかな?」

「全然」

「まーくんも喜んでくれて、もう両親公認の仲なんだよ? 忘れちゃった?」


 そんな事言われても、まるで覚えてはいない。

 十日間の間に、俺はそんな事になっていのか……。


「ごめん。覚えてないんだ。それに、その間の俺は多分本当の俺じゃ無かったと思う。猪苗代には悪いんだけど……それ、無かった事に出来ないかな?」

「──えっ?」


 記憶が戻って、実は突き合ってますとか、ちょっと困る。確かに猪苗代は素敵な幼馴染みだけどさ、俺、相馬さんの事が好きなんだよね……。


「本当にごめん。この埋め合わせはするからさ、な」

「まーくん……ううん。私の方こそごめん。そうだよね、ぼんやりしてる時に告白する方が悪いよね、そうだよね……」


 猪苗代は明らかに肩を落として帰って行った。知らない間の事とはいえ、何だか悪いことしたな。




「大丈夫か!!」


 昼飯のそうめんをすすっていると、檜枝岐がやって来た。革ジャンにジーンズ、服の趣味が俺とは合わない。


「すまん。十日前からの記憶が無いんだが、何か変なことしてないか?」

「また記憶喪失かよ……」

「へへ、悪いな」

「悪そうな顔してねえぞ」


 檜枝岐が俺の対面に腰掛け、俺のノートを取り出した。


「記憶ないか?」

「……無い」

「お前、俺に何したのか忘れたのか? あんな事しといて」

「えっ!?」


 檜枝岐が革ジャンを脱いだ。そしてシャツも脱いだ。


「──お前、女だったのか!?」

「……ああ。お前に打ち明けるのは二度目だよ」

「ええっ!?」

「この前打ち明けたとき、お前俺のこと襲ってきてさ……俺、怖くて……でも俺、お前の事が好きだから…………」

「──!?」

「俺、お前の事殴って逃げたんだ……」


 そうか、未遂だったか……。それでもアレだがな。

 我ながら、自分のしたことに理解が追いつかない。

 檜枝岐が女だった事には驚きだが、なによりずっと男だと思っていた檜枝岐をいきなり襲うとか、あの時の俺はやはりどうかしていたんだな。


「悪い!!」

「せ、責任取れよ……!」

「あの時の俺はきっと下半身の化身だったに違いない! 許してくれ!!」

「わ、私とつき合ってよ……!」

「悪い! それは出来ない!! 俺はお前の事男としか見れない!!」

「女だよ……本当は女なんだよバカ……!!」

「そう言われても無理な物は無理だ……!」

「アホーッッ!!」


 檜枝岐に思い切り殴られた。泣きながら飛び出した檜枝岐にかける言葉も見付からず、俺は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。





 月曜日、俺は一人で登校した。

 猪苗代との事が気まずいので、いつもより早く家を出た。

 グラウンドではサッカー部が朝練をしており、それなりに賑わいがあった。


「あ、塩原先輩……」

「国見……」


 部室を覗こうとした矢先、国見と鉢合わせになった。


「すまんかったな。国見にも迷惑をかけたみたいで」

「ううん。良いんです。先輩が無事なら……」

「二回も落ちてさ、俺滅茶苦茶怒られたんだよね、ハハ。ところでさ、俺十日前からの記憶が無いんだけど、何か変なことしてなかった?」

「……えっ?」

「忘れてた部分を思いだしたら、それまでの事抜けたみたいでさ。何か知らない?」

「……いいえ」

「そうか。ごめんな、色々と」

「いえ。あ、もしかしたら屋上に行けば何か思いだすかもしれませんよ?」

「そうだな。行ってみるよ」



 国見と別れ、屋上へと向かう。

 立ち入り禁止の張り紙が何枚も貼られていたが、扉はすんなりと開き、開放的な空間が現れた。


「塩原、ココは立ち入り禁止だそ。特にお前はな!」


 相馬さんが屋上に居た。俺は苦笑いを返した。


「何してるんですか?」

「誰かさんが二回も落ちたから、生徒会としても対策を早急にな……」

「すみません」


 返す言葉を無く、ひたすらに頭を下げる。


「ほら、ここに居るとまた落ちかねん。早く戻れ」

「俺、相馬さんの事が好きです」




 つい、勢いで告白してしまった。




「そうか、ありがとう」

「相馬さんは俺のこと──」

「すまない。私から言えるのはそれだけだ」

「……ですよね」

「ではな」


 いたたまれなくなったのだろう。相馬さんが屋上から去って行く。

 俺は落ちた手摺りに向かい、呆然と空を見た。

 アホの末路に相応しい空だ。

 雲一つ無い真っ青な空だ。

 また落ちれたらどれだけ幸せだろうか。


「怖くて落ちるなんて無理だよ……」


 ただただ泣きながら笑った。



 ──ドンッ……



 首がうねり、空が揺れた。

 背中に強い衝撃を、感じた。


 今度は違う、明らかに押されたのが分かった。

  


「うおーーーーっ!!!!」


 叫びながら、二階の女子更衣室が見える。しかし誰も居なかった。運が尽きたのだろう。


 明らかに異質な音がし、俺は地面に叩き付けられ意識を失った。






「アンタ、落ちるのが趣味なのかい?」


 隣のお婆さんが、僕を見て笑った。


 そうか、僕は死ねなかったのか……。


「三回も落ちるなんて……自殺なんて止めてよ!!」

「この馬鹿息子! 馬鹿息子!!」


 親は既に疲労困憊で憔悴しきった顔をしている。

 僕は両足にギプスが巻かれていた。どうやら足をやらかしたようだ。


「三回……?」


 壁掛けのカレンダーに目をやると、僕が落ちてから日付が進んでいた。その間にもう一度僕は落ちたらしい。やはりその間の事は記憶に無い。


 死ねなくてもう一度落ちたのかと思ってみたが、ど

うやら今度は目撃者が多数いるらしく、今から警察と一緒に来るらしい。


「まーくん!」

「お前また落ちたんだってな!」

「塩原先輩……!」


 猪苗代、檜枝岐、国見の三人が病室にやって来た。

 胃がキリリと痛む。


「まーくんったら、急に私達を呼び出して謝った後飛び降りるんだもん!」

「ったく、こっちの話も聞かないでさ!」

「先輩が無事で良かったです」


 そうか、僕は自らの過ちを認め、罪を償うために落ちたのか……。




 それから、三人は代わる代わるお見舞いに来てくれた。本当に申し訳ない気持ちだ。


「足、治ると良いね」

「そのうちリハビリかな」

「治ったらさ、何処かに出掛けようよ」

「え?」

「だってさ、あの時、落ちる前にコッソリ言ってくれたじゃん?」


 とても嫌な予感がして、背中に変な汗が流れた。



「私だけを愛してくれるって……」



 僕は自らの不始末を呪った。



「俺だけを見ていてくれるって、嬉しかった」



 僕はとんでもない馬鹿だ。



「本当に好きなのはお前だ。って、先輩の言葉、信じてます」



 死のう。そうしよう……。




 ()()三人が同時にお見舞いに来てくれた時は、息が止まる思いだ……!

 いつバレるのか心配で目も合わせられない……!!


「まーくん、痛くない?」

「リンゴ、むけたぜ」

「先輩、良い天気ですね」


 病院の窓から見える景色に吸い込まれるように、僕は遠くを見つめた。

 足が治ったら、ここから飛び降りよう。

 屋上だと死ねないから、もっと高いところがいい。



 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 無理矢理リセマラさせちゃだめですよ?
[良い点] 記憶喪失の人に嘘の記憶を吹き込む、と言うことがコメディではよくあるけども、それが如何に残酷であるかを表現出来ていると思う。 [気になる点] ヒロイン(偽)共に自分達の罪を自覚させるともっと…
[良い点] めっちゃ面白かったです! 人格切り替わるの面白い!! [気になる点] 次は本当に死んじゃいそう(涙目)
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