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第惨話・・・。

甘やかされたい・・・。

 吐き、咽り、その苦しさに座り込んでしまった男・・・。その男の視界の外、そこでその異変は始まっていた。


 タオル掛けに掛けてある白い、花柄のタオル。そのタオルがスルリと滑り落ちる・・・。一見すると、ただそれだけの事だ。タオルの掛け方によっては、そういうこともあるだろう。


 だが、そのタオルが男へと向かい、スルスルと宙を滑るように向かっているとなると、話は変わる。そこには、何者かの意思があるということなのだから・・・。


 音も無く男へと忍び寄るそのタオルの姿は、まるで白い蛇のようであった。相手を締め、殺し、丸呑みにする・・・そんな恐ろしい蛇のような姿であった。


 蛇は男へと狙いを定めると、一気に襲い掛かった。その身体を男の首へと巻き付かせ、その首を舐るように這い回り、その鎌首を持ち上げ・・・次の瞬間には、男の口元へと躍り掛かっていた。



「うぐ・・・っ!?」



 男に抵抗をする間など無い。ただ、蛇にその身を任せるしか無かった。


 首へと巻き付かれ、そして口を押えられた。それは、人間にとっての急所とも云うべき場所だ。首を絞められ、口を塞がれてしまっては、人は窒息するしかないのだから・・・。


 白蛇はその細長い身体で男の首元、そして口元を這いずり回り・・・やがて、パサリと元のタオルへとその姿を戻した。花柄のタオルから発せられる柔軟剤の香りだけが未だ空気中を蠢き、男へと纏わり付いていた。



(どうせなら、そのまま締めてくれても良かったんだけどな・・・)



 男はそう想いながらも、それが決して現実にはならないであろうことを知っていた。苦笑しながら立ち上がり、今度こそはと栓へと手を伸ばす。


 ――キュッキュッ・・・。


 栓の擦れる音が鳴り、水が止まる。ようやく、男は水を止める事が出来たのだ。



「・・・ふぅ」



 全てが終わった事を確認した男は、首に巻き付いたままであったタオルを手に取り、そのまま洗濯機へと入れる。決して、放り投げたりはしない・・・それをすれば、また誰かの怒りを買う可能性があるからである。


 不思議な事に・・・男が咽た際に飛び散り、口や首元まで濡らしてしまっていた水は綺麗に消え去っていた。


 男は、そのまま洗面所から廊下へと戻る――灯された電灯をそのままに・・・。


 ――パチッ・・・。


 男が去った後、小さな音が洗面所に響く・・・電灯は、男が知る事も無く・・・静かに消されていた。


 廊下へと出た男は、そのままリビングへと向かう。男の借りた部屋は、ダイニングとリビングが一緒になった構造である。その為、同じ空間に食卓と液晶テレビ、ソファーが置かれていた。


 リビングへと入った男は、まずは壁へと手を伸ばし部屋の明かりを灯す。電灯の明かりが照らし出したのは、独り暮らしの男の部屋とは思えない、綺麗に片付けられた部屋であった。


 食卓には可愛らしい柄のテーブルクロスが敷かれ、その上には一輪の花が飾られている。そして、リビングの各所――主に窓際ではあるが、そこには観葉植物が置かれていた。


 ――ペタリ・・・。


 男が電灯を灯すと、小さな音がした。


 ペタリ・・・ペチャリ・・・。そんな、湿り気の帯びた音である。


 男が振り返り、床を見ると・・・そこには、血に模られた足跡のような物があった。ペチャ・・・その足跡は消えては現れ、現れては消える。まるで、見えない誰かが歩いているかのように・・・。


 ――ペタリ・・・ペチャ・・・ペタリ・・・ペチャリ・・・。


 血塗られた足跡は、ゆっくりと男へと迫っていた。足跡の大きさを見るに、それは女性のようであった。


 ――ペチャ・・・。


 足跡が、男の横を知り抜ける・・・かに思われたその次の瞬間・・・。ゾクリ・・・冷たい何かが男の背中を駆け抜けた。


 男の背中に、何かが触れた。


 いや、それは触れたなどという生易しいものでは無かった。ソレは、男の背中にしがみ付くかのように覆い被さってきたのだ。


 まず感じたのは、まるで水風船のような・・・いや、それよりもずっと柔らかな何かが、二つ並んでいるような・・・そんな、むにゅりとした感触であった。



「うっ!?」



 男はその感触に思わずといった感じで呻いてしまう。それだけで、男はわかってしまったのだ。いや、わからされたというべきか・・・それは、明らかに男とは違う存在のみが持つ何か・・・そういった感触であった。


 ――ペタリ・・・。


 どれほどの時間、そうされて居たか・・・柔らかなソレが男から離れ・・・血の足跡を残しながらキッチンへと消えていった。


 男は一人、それを茫然と見送っていたが、青を通り越し赤く染まった顔を伏せながら慌てて自室へと飛び込む。それと同時に、キッチンからは『バタンッ』という何かを閉めるような音と共に、『ヴィーン』という音が響き出した。


 その音を聞きつつ、男は自室である洋室の扉を閉める。それから大きく息を吸い込み、吐き出す。心を落ち着ける為の行為である。ドキドキと命の警鐘を鳴らす心臓を、服の上からギュッと押さえ・・・鎮まれ、鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれ鎮まれと何度も何度もその胸中で叫び、その眼を強く瞑った。



「・・・・・・・いきなりはキツイよ」



 男は背中に今も残る何かの感触に、ブルリと身体を震わせた。

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