第壱話・・・。
別で書いていた物の改訂版になります。
「・・・・・・・楽に死ねる方法って何かないかな・・・?」
今にも降り出しそうな空の下を歩く男の心は、そんな昏い空のように黒く淀んでいた。
死にたい――そう口にした男の人生は、何時も理不尽に何かに奪われ続けてきたものであった。
男を愛してくれた両親は幼い頃に事故で亡くなり、男を引き取り育ててくれた祖父母までも事故で失った。幸いなことに、慰謝料や保険金、それに遺産があったので男が生活に困るような事は無かった。
しかし、それはあくまでも生活に関してだけのこと・・・男は、自分を無償で愛してくれる家族をみんな失ってしまったのだ。
男は悲しみに暮れたが、だがそれでもなんとか毎日を生き抜いてきた。
そうして入った大学・・・そこでやっとの思いで出来た恋人は、どこかの誰かに奪われてしまう。
――男の心は、ぽっきりと折れてしまった。
「あぁ、死にたい・・・でも、痛いのは嫌だなぁ・・・」
男の心があとほんの少し強ければ、きっと立ち直れていただろう。気にするな、次がある――とそう考えられたはずだ。
だが、男は失うことに・・・奪われることに疲れ切ってしまっていた。
だからだろうか・・・? 男が、運命とも云えるその投稿動画と出会ってしまったのは・・・。
その動画は投稿者がある物件に住むという、それだけの内容であった。しかし、そのサムネイルには大きくし視聴者を煽るように、『住んだ人間は必ず死ぬという心霊物件に住んでみた!!』といったタイトルが書かれていた。
「・・・死ねるんだ・・・」
何時しか男はその動画に魅入られていた。
その動画が無事に投稿されている。その時点でお察しではあるのだが、男にとっては『可能性』があるということだけが重要だったのだ。
自分で死ぬのは怖い。なら、幽霊に殺してもらえれば・・・そんな安直な考えであった。
その為に男が取った行動は、まず『太嶋てゐ物件紹介サイト』というホームページを利用し、地元にある事故物件を調べてみることだった。そこで調べた物件を、今度は別のサイトや掲示板を利用してさらに詳しく調べる。
そうすることで、男はここはマジでヤバいと云われる物件を見つけ出すことが出来た。
それから約一か月――様々な手続きを終え、男は無事その物件へと入居することとなったのある。
男が心霊物件へと入居し、一年程が経ち・・・男は、生きていた。
「遅くなっちゃったなぁ」
時刻はすでに深夜へと差し掛かっている。
男は一人溜息を吐きながら、借りた部屋の前を立つ。この部屋こそが近所でもヤバいと評判の部屋だった。曰く、面白半分で入居した人間が遺体となって発見された・・・そういった話がまことしやかに囁かれている。
「・・・おれは、何時死ねるのかな・・・」
男はそう呟きながら、部屋の鍵をズボンのポケットから取り出す。その鍵を鍵穴へと差し込もうとした時であった。
――カチャリ・・・。
小さな音が鳴る。それは、鍵を開いた時に鳴る音、それに酷似していた。
男は一人暮らしである。誰かが室内から鍵を開けることなど有り得なかった・・・ならば、いったい何が鍵を開けたというのだろうか?
気のせいかもしれない・・・。男は、恐る恐る玄関のドアへと手を伸ばす。
――バンッ!!
その瞬間、ドアはまるで男の手に触られるのを拒絶するかのように勢いよく開かれる。あと少し・・・ほんの数センチ、男がドアに近づいていたらドアは男を襲う凶器と化していただろう。男は、ほっと胸を撫で下ろす。
死にたいとは思っていても、ただ痛いだけというのは嫌なのだ。
男へと襲い掛かるように開け放たれたドア、その先には当然の如く玄関がある。だが、そこから先は闇に包まれていた。
誰も居ない・・・当たり前の話ではあるが、それでは誰がドアを開いたというのだろうか?
もし、この場に少しでも心霊現象に詳しい人間が居れば、ポルタ―ガイストだと大騒ぎしていたことだろう。しかし、この部屋で暮らす男にとっては偶にある・・・それくらいの認識であった。実際、男が仕事で遅くなった日には良く発生しているのだ。
だから、次に何が起きるのか・・・起きてしまうのかも、男にはわかっていた。
――パチ・・・パチ・・・パチ・・・・・・パチ・・・。
玄関の天井、そこにある電灯が独りでに点滅を繰り返す。パチ・・・パチと、何らかの法則があるのか、時おり点滅の間隔がズレる。
――パチ・・・。
何度か繰り返された点滅は、電灯が消えるのを最後に終了した。玄関は、再び闇に閉ざされた。
「・・・ただいま」
何時ものことだ・・・男は習慣となってしまった帰宅の挨拶を口にしながら、玄関へと踏み込む。
男が玄関へと踏み入り、まずしたことは玄関の明かりを灯すことであった。
パチッとスイッチを押すと、明かりは何の問題も無く点灯する。電灯が勝手に消えるようなことは無かった。
男はそれを確認すると、後ろ手に玄関のドアを閉める。
――カチャリ・・・・・・・・・ジャラ・・・。
鍵の締まる音がした。まるで、男を逃がすまいとする何者かの思惑があるかのように・・・男が振り返り鍵を確認すると、確かに鍵が掛けられている。そして、鍵だけでは無く鎖までも・・・。
もっとも、それが何者か――この場合は部屋に居る地縛霊、幽霊となるのだろうか? の意思であろうと男には関係が無かった。
そもそも逃げる気など無いのだから当然のことである。男は玄関から部屋内へと続くフローリングへと足を踏み出した。
その途中、床に綺麗に並べて置かれた一組のスリッパを着用するのを忘れない。男には似合わぬ、可愛らしいデフォルメされた動物の絵が描かれたスリッパである。
男はそれを履くと、幽霊の支配する領域へと自ら向かって行くのであった。
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