花嫁の血
翌21日。美鶴が起きて、身支度をしてすぐに母が自室へとやって来た。
「おはよう美鶴。目は覚めたかしら?」
「はい……おはようございます」
湯気の上がっている湯呑を持って母は襖の所に立っていた。ぼんやりとそれを捕らえた美鶴は眠そうに目を擦る。そんな彼女を見た母は、歩み寄って行き微笑みながら湯呑を差し出した。礼を言ってそれを受け取ると、冷え切った美鶴の体に熱が流れ込んでいった。
「……さて」
お茶を一口飲んだ母はおもむろに言葉を紡いだ。
「昨日も言ったけど、あなたには雪村家の事を知ってもらうわ」
少しだけ、空気が重くなった。そんな母に気圧されて美鶴は黙って頷く。
「まず、雪神様を知ってる?」
「とりあえず、一通りは知ってます」
雪神、別名は冬神。四季の神として冬を守る神。主に雪を降らせる事を仕事とする。そして、古来よりこの地を守る神でもある。
「その雪神が何か?」
雪神が何故関係している?美鶴がそう尋ねると意味深に母は頷いてみせた。
少し間を置いてから母は息を吐いた。そして予想だにしなかった文を語ってみせた。
「雪村の家は2代に1度、娘を雪神に花嫁として捧げているの」
「はな、嫁? ……ですか?」
噛み締めるように、ゆっくりと発音する。口調がゆっくりであればあるほど美鶴はその言葉を認識しようとしなかった。
花嫁ハナヨメはなよめ、その四字を繰り返せば繰り返すほど、意味の読み込みが難しくなる。
母の話は飛躍しすぎているのだ。
「あなたは今日、17歳になった。何か特別な力を感じないかしら」
ふと問われて、思考を一旦止める。言われた通り掌を開いて見つめてみたが、目に見えたのはいつもと変わらない自分の手。
「……全然」
そう呟いていた。特別な力など別に何も感じない。美鶴のその言葉を聞いた母は小さくため息をついた。
「雪村の娘には雪神の血が流れているの。もちろん私やお祖母様や、美鶴、あなたにも流れているわ」
神様の血が流れている。
いきなりそう聞かされてそうなんですかと信じれるわけがない。
「それは本当に?」
どうしても、美鶴は信じる事ができなかった。
「本当よ」
当然、と言うような母のその口調からも真実だと伺える。
少し自分の置かれている状況を整理しようと思っても、どの事実から手をつければいいのか分からない。だから、まずは母の話を聞くことにした。
そう思った矢先に、突然母は瞳を伏せてしまった。少しだけ見えた顔は今まで見たことのないような悲しみが映っていた。
「やはり、駄目なのかしらね」
その一言は小さすぎて、美鶴の耳には入らなかった。
「神の血をひいている私達は満三歳の時に、覚醒の儀式を執り行うしきたりがあるのだけれど、覚えてるかしら? あなた、その儀式に向かう途中に迷子になってしまったのよ」
はっとした。たった今まで忘れていた記憶が鮮明に蘇ってくる。覚えているのだ。
森の中はただ真っ白で何もかもが白い世界。母の手から離れた小さな手は、白い靄の中をただ弄っていた。
「覚えて、ます」
駆け巡った記憶が全て終わったとき、美鶴はそう呟いていた。
「十分くらい、私迷子になってましたよね」
「え? 十分だけだなんてそんな。儀式ができなかったくらいだから、二、三時間は迷っていたことになるわ」
「えっ……」
突然、心臓が大きく反応した。何故、母はそんな事を言うのだろうか。
本当に二、三時間も迷っていたのか?
食い違う記憶に、美鶴は不信感を抱かずにいれなかった。
不思議そうに美鶴を見つめていた母だが、話を再開させる。
「儀式を行っていないから、あなたには力が現れない。力が現れなければ雪神の花嫁にはなれないわ。古来より血を絶やす事は最大の禁忌とされていた」
どくん、と、また心臓が波打つ。母の言葉に呼応するように波打つ。自分は、何かを知っているのだ。
身体が震える。緊張か、恐怖か、定かではない。