勇者
若干の章タイトル詐欺だったような、なかったような三章のタイトルを変更しました。「魔剣舞闘会」となります。特に内容とかは変わっていません。
「ふっ……はっ……!」
呼気とともに、剣が振り下ろされる。何度も何度も、汗が滴り、体熱の上昇によって湯気が見えても、少年の素振りは止まらない。
「せいっ!」
ラスト一本、刺突の動きは堂に入っており、大半の相手にトドメを刺すことができるだろう。
「精が出ますね。マサミチ殿」
素振りを終えた少年に声を掛けるアルビノの女狼人。
「アナスタシアさん。えぇ、それが僕の役目ですから」
少年、勇者として召喚された異世界人のマサミチは、気負う様子もなく、そう告げた。
その様子に、安堵と悲哀を同時に持った瞳を向けて、それを瞬時にアナスタシアは切り替えた。
「此方に、貴方の旅路の同行者が到着しました」
「わかりました」
勇者と戦乙女は、その場を後にした。
……
エスラエム法皇国 聖都 大聖堂
ここが四神教の総本山か。
俺の前にあるのは、巨大な白い建造物だった。今まで、見たどんな建造物よりも高く、大きい。見上げれば、ステンドグラスが嵌められている。そこに描かれているのは、四端が円になった十字架。円には、それぞれの四神のシンボルが描かれている。
「へぇ、大きいわね」
「そうですね、イル様」
翠髪の少女の言葉に、イジネが同意する。
その少女こそ、精霊神よりもたらされた精霊樹の枝葉に宿った精霊、神位木霊のイルの魔力体である。魔力体は、主に召喚魔術において幻獣の身体を構成している代物だ。文字通り、魔力で編まれた身体で、今回は彼女の要望で俺が作った。その容姿は、本人の性質によるもので俺の趣味ではない。
肝心の枝葉は、魔力体の核となって、本来、心臓がある位置に収まっている。これで、なくす心配はない。逸れる心配はあるが。
「お待たせ致しました、ご案内致します」
取り次ぎを頼んでしばらく、やって来た聖騎士の案内で俺たちは、大聖堂の中へと踏み込んだ。
……
法皇の間。他国における謁見の間と同じ役割をした部屋であるが、それらよりはややこじんまりとした空間で、その装飾は細やかながらも地味だ。垂れ幕にはやはり、四端が円となっ十字架が刺繍されている。
法皇の座は同じ高さに置かれ、空間内に高低差はない。
神の御前に上下は無し、か。
「よくお出でなされた、ジャック殿。そちらの方々は誰かな?」
座ることもなく、奥より現れた法皇が挨拶もそこそこに問い掛ける。
「森妖精の狩人、イジネ・テテジーラです」
「神位木霊のイルよ!」
イジネは少し頭を下げ、イルは威張ったように自己紹介した。それに対して法皇も名乗り、雑談もなく話は進められた。
「改めて確認致します。依頼内容は、勇者様の護衛、ひいては、魔王討伐の助力です。お受けいただけますか?」
「あぁ、勿論だ。一度、了承したんだ。約束は違わない」
「はい、宜しく頼みます。それでは、このまま、勇者様と面会いただいても?」
「あぁ」
俺が頷けば、法皇の側に控えた聖騎士の一人が奥へと赴く。やがて、アルビノの女狼人、アナスタシアとともに現れる黒髪黒瞳の少年。
日本人か?なるほど、勇者、ね。
『個体名:天崎正理 Lv.25
分類:人類
種族:異界人
固有特性:勇者
・約束する勝利の聖剣:かつて、騎士の国の王を選定した剣であり、輝ける剣にして、なによりも強き剣。
・聖剣の鞘:かつて、騎士の国の王に不死性を与えたとされる魔宝の鞘。または、黄金の林檎の園とされる理想郷の名。
・[封印]
・[封印] 』
固有特性、か。俺以外では、初めてのことだ。
法皇の隣で止まる。こちらを向き、強い意志のある瞳を捉える。
「天崎正理です。よろしくお願いします」
挨拶とともに、勇者は深く頭を下げる。
「安いな、正理」
「えっ?」
「オマエは立場ある者になったんだ。そんな深く頭を下げるものではない」
「あっはい」
「ジャック、ジャック・ネームレスだ。まぁ、気楽にいこう、そうだな、取り敢えず、オマエの実力が知りたい。手合せといこう」
「えっと?」
俺の提案に、アナスタシアを仰ぐ勇者。いや、そこは法皇を仰ぐべきだろ。
アナスタシアが今度は、法皇を仰ぐ。二度手間だ。
「あぁ、構わない。修練場に案内しなさい、アナスタシア」
「はっ!」
アナスタシアを先頭に、俺たちは修練場に向かった。
道中に、イルが勇者に近づき挨拶した。
「私はイルよ!あなたが勇者ね、よろしく!」
「よ、よろしくお願いします」
イルの勢いに押され気味の勇者だが、はてさて、実力の程は?




