魔より出づる王、勇気与う者
魔王城。その最奥。
謁見の間。黒曜の石材で、構成される城は、暗く、それでいて、荘厳。暗赤色の絨毯が敷かれ、骨で構成されたかの如き不気味な玉座が一段高い場所に置かれている。垂れ幕には、竜の意匠。
玉座に座る尊き御身。
絨毯の上に、跪く全身甲冑の黒騎士。
この場にいるのは、その二人だけ。長い沈黙を破り、魔王が口を開く。
「モルド、オマエにしては性急に過ぎたな。勇者無く、開戦することはないと言っておいたはずだが?」
重厚な言葉。魔力を込められているのか、と疑うほどに重い。
「申し訳ありません、陛下。されど、我らが国のため、あの時ほどの好機はこの先、多くはありません。そのために、心を無にして、事後承諾などという恐れ多き手段を取りました。この裁きは如何様にも」
黒騎士は、一聞しては丁寧に、されど、反省の色はなく、ふてぶてしく嘯いた。
「モルド・レッドダーク魔王軍総司令」
「はっ」
「魔王無き時代を治めし、実質的な魔族の王よ。何を企んでいる?仮面を外せ、貴様の目的が我と違うことなど、とうに見抜いている」
「お戯れを、陛下。我が目的は、魔族のために。ひいては、我らが王、カルマナ=サタルニル様のために」
黒騎士の表情はわからない。
微笑を浮かべていた魔王は、その尊顔を引き締めた。
「レッドダーク卿に沙汰を言い渡す。我が定めし、半年の間に、より強固な魔王軍をつくり、我が国に勝利を齎せ。以上だ。下がれ」
「はっ」
鎧同士のぶつかり合う音を鳴らさず、黒騎士が場を去った。
「勝利、か……」
ポツリと呟かれた魔王のそれを聞き取る者はいなかった。
……
巨大な魔法陣が輝きを増す。それは異界との門である。
時を同じくして、とある異世界。平和な国の平凡な学生の足元に、寸分違わぬ魔法陣の輝きが浮かび上がった。
「えっ?」
学生は周囲を見る。こちらに注目している人はいなかった。自分だけに認識できている異常事態。休日に、本を買いに行くところだった。そうちょうど、こんな感じで、異世界に召喚される、そんなファンタジーな本だった。
まさか!?
その思考が過った瞬間。彼の存在は、その世界から喪失した。だって、彼は。
「大丈夫か!?」「きゃー!?!!」「嘘……」
様々な言葉が飛び交う。学生のいたところには、居眠り運転をしていたトラックが突っ込み、学生の身体はこの世界で死んでいた。
……
「おぉ、成功だ!」「良かった」「ふぅ」
学生は、目を開けた。自分は今、立っている。石造りの部屋だ。足元には、輝きを失った魔法陣。周りには、法衣姿の人々。
人々の間から歩み出たのは、一人の乙女。鮮紅色の十文字槍を担ぎ、銀色の軽鎧を身に纏うアルビノ。何故か、犬耳と尻尾がついている。
「ようこそ、勇者様。我々は貴方を歓迎致します」
「えっ?勇者?僕が?」
「はい。貴方が勇者です。私の名は、アナスタシア・クルセーレ。ここエスラエム法皇国にて、聖騎士団団長を務めています。貴方のお名前は?」
矢継ぎ早に告げられる情報。学生の生活圏からすれば、馴染みのないそれら。あぁ、異世界なんだ。その時、彼は、それだけを思った。
「僕は、天崎正理と言います」
ただ、促されるままに答えた。
「マサミチ殿ですね。では、ひとまず法皇猊下の元へ向かいましょう。詳しいことはそちらで」
「はい」
そこでふと気づく。自分が着ているこの服はなんだろう。最後の記憶では確か、本屋に向かっていたから、ラフな私服だったと思うんだけど。
「あの」
「はい」
「僕は、何故、この服を着ているのでしょうか?」
問いかけて、自分でもおかしな質問だなと思った。しかし、アナスタシアは、驚くことなく、スラスラと答えてくれた。
「マサミチ殿、貴方の肉体は、貴方のいた世界でお亡くなりになられています。ですので、その服はこちらで用意した物であり、この世界で肉体が再構成されるにあたり、魔法陣に組み込んだ術式に従い、自動的に着用されたものです」
自分が一度、死んだ?
「死んだって、死んだって!?どういうことですか!?」
アナスタシアは、表情を変えず、答えた。
「魔法陣は、我らの神から与えられたものであり、逃れられぬ死の運命にある者の魂を召喚するとされています。ですので、我らからすれば、貴方は一度、死にこの世界に新たに産まれた存在なのです」
「そんな……!身勝手な、ただの言い訳だ!!親は!友は!……」
いつの間にか、ポロポロと涙を流していた。異世界に来た興奮で、封をされていた郷愁の念のようなものが次から次へと溢れ出す。
死の運命だと!そんな馬鹿な!僕は至って健康だった!魔法陣に、殺人の機能が組み込まれているに違いない!!
若しくは、若しくは!そうだ!僕を逃さないために、そう言ってるだけってことも!
学生は、苦労しない主人公の物語よりも、復讐譚やそれなりの苦労を強いられる物語を好んで読んでいた。だから、負の感情に当てられて、次から次へと悪い可能性が思いつく。
「私たちにも、実際のところは、わからないのです。だから、この魔法陣を使うのは、人類全体の危機に瀕した時だけと、決定されています。今は、それだけしか言えません」
相変わらず、表情の変わらないアナスタシア。けれど、その瞳の奥に沈痛な様子が見えた気がした。
それを境に、身体の奥から何か、温かいモノが湧き起こる。涙が引いた。モヤモヤしたものはあるけれど、落ち着いた。
「そう、ですか。……自力で帰れない以上は、今はあなたに、あなたたちに、従いましょう、アナスタシアさん」
「!……ありがとうございます、マサミチ殿。では、行きましょう」
「はい」
勇者は、初めの一歩を踏み出した。
これにて、三章を終了。登場人物と登場神秘を投稿した後、かなり間が空いて、四章が投稿される予定です。
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