表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第三章 魔剣舞闘会
87/139

兆し

 時は少し遡る。


 コポコポ……


 気泡が浮かぶ音が聞こえる。一定のリズムで、乱れはない。

 透明度の高い硝子板で覆われた円柱水槽。その周囲にあるのは、操作盤(コントロールパネル)とか、計器類とか、呼ばれる類のものだろう。


 水槽を満たすのは、僅かばかりの粘度とそれ故の白さがある、ほとんど透明な液体。その中心に浮くのは、至高の人形。


 全知の被造物トゥルー・ホムンクルス


 白銀髪の美しき少女に見えるが、その身を流れるのは、銀血と呼ばれる特殊な水銀。故に、通常のホムンクルスは、流銀人(ホムンクルス)と呼称する。


 少女は未だ、完成には至っていない。機能は満たされた。体が出来上がり、心が形成されている。しかし、魂がない。いや、通常の流銀人とするならば、その魂はすぐにでも、用意できる。だが、少女が持つ全知を稼働させるには、それでは足りない。全くの不足だった。


 星の記録(アカシック・レコード)に接続された媒体(からだ)を造り上げ、それに耐え得る(を理解する)だけの(プログラム)は組み上げた。だが、動力(たましい)だけはどうしようもなかった。

 彼女の造物主は紛れも無く天才であり、異才であろう。そうでなければ、星の記録と接続した高次生命体の体など造れはしまい。よしんば、偶然によって、出来上がったとしても、心を造ることに失敗しよう。人の心を再現すれば、壊れるのは自明なのだから。


 あぁ、それでも。魂だけは造れない。それは神にもできはしない。

 流銀人の魂は、造物主の魂を砕いて、その欠片を嵌め込むのだ。言わば、流銀人とは、造物主にとって、己の半身に他ならず、親兄弟よりも親密な従僕である。


 人ごときの魂の欠片で、全知は稼働しないのだ。必要なのは、神にも等しき膨大な魂だった。だから、永久に少女は未完成。そのはずである。


 コツ……コツ……


 杖を突いて歩く音だ。現れたのは、一見して、白衣を纏う中年男性。目は爬虫類のようにギラギラと輝いて、口元は常に弧を描いて微笑のカタチ。造形は平凡、しかして、纏う雰囲気は狂気的。

 それは彼女の造物主に他ならず、故に、その狂気は才故に抱えた欠陥。


「どうした、メフィ。何かあるのか?」


 動力(たましい)の嵌まっていない少女が答えるはずはない。しかし、男は、造物主(おや)としてか、何やら少女の様子を訝しんでいる。


「ふむ……リソースは、ギリギリ足りるか……しかし、仮にも雇い主の許可なくやれば……いや構うまい。どうせ、彼奴も私の助け無く、生きることはできぬのだから……」


 ブツブツと思考を纏める姿は、男が良くやる光景だった。結局、自身のやりたいようにしかやらないと言うのが、この手の輩のお決まりだが、男は一応、他人を気にしているらしい。やることに変わりはないが。


 男が操作盤を慣れた手つきでいじる。すると、魂の代わりに、膨大な魔力が少女に注がれた。もちろん、これで目醒めることなどない。魔力は、しかし、この世界で最も簡易なエネルギーであった。全知の一端を稼働させる程度のそれを用意することは、できなくはなかった。


 少女の口が動き、喉が震える。水槽を満たす液体に阻まれて、それを聴く者はいない。しかし、その言葉は計器類によって、しっかりと記録され、その結果が文字となって示された。


『我満たす輝きは、救世の心体に宿る。其は、祝福授かりし異人を訪ね、我が元に辿り着く。しかして、大いなる闇の兆しもまた、首を擡げる。其は、異人とともに天空の試練を受け給え。さもなくば、二度目の救世は叶わず』


「相変わらずだな、メフィ。詩的な表現は、お前の品格を確かにしてくれるが、何が言いたいのかは凡俗には理解できんぞ。クククク……」


 男は嬉しそうに、言った。メフィが紡いだ全知の予言を、天才たる男は理解していることだろう。


「しかし、今日の言葉は、随分と分かりやすいな?……それだけ、確定的な言葉というわけか」


 メフィが答えることはない。すでに、言いたいことは言った。そう言わんばかりの微睡に沈んでいる。


 ……。


 彼は、特に身体が大きかったわけではない。特に力が強かったわけではない。特に足が早かったわけではない。特に目が良かったわけではない。特に頑丈だったわけではない。


 ならば、何故にこの種の王となったのか。この種は、チカラをこそ重んじ、強さをこそ崇拝した。勝利無しに、従えること叶わず、故に彼は肉体的特別の才を持たずとも、それを覆すだけの強さがあった。


 日本人が見れば、懐かしむだろう武者鎧に似た鎧に身を包み、背には大太刀が負われている。一見して、戦国時代の武士のような姿だが、その額には天を衝く双角を持ち、赤銅色の肌をしていた。


 鬼人と呼ばれる魔族だった。そして、彼こそが当代の鬼人王イブキ・アラハバキ。魔王国軍は、最高幹部、四天王の一人である。


 巌のような顔に冷えた瞳をもつ男。その瞳が見つめているのは、己が預かりし軍団だった。


「閣下」


 部下がそう呼び掛ける。イブキは、一瞥をくれることもなく、口を開いた。


「予定に変更はない。これが警戒の必要のない最後の野営だ。酒樽を開けてやれ。開戦まで気を引き締められるようにな」


 平坦な声だった。


「わかりました」


 部下は言われるままに、必要な動きを行うべく場を離れた。


「……四大国の首脳が一堂に会している。今こそ、好機である。だが、何故、三国を同時に侵攻するなどと命令するのか。いや、それは我らがチカラを信ずるが故に、か。ならば、陛下から直接のお言葉を賜りたかったものだ。……あの黒騎士の虚言であることも考慮すべきか?」


 イブキは、この進軍命令の折のことを思い返していた。

 首脳が不在の国への進軍は確かに有効だろう。だが、戦力は分散させず、確実に一国を落とすべきではないか。三国同時侵攻の合理性はない。命令を伝えた男、魔王国軍総司令の地位に就くアレは、「陛下は、貴方の軍団のチカラを信じておられるのです。三国を同時に攻め滅ぼせるだろうこと、と」など宣ったが果たして、それは真実か否か。


 全身を黒き甲冑で覆い隠し、素顔を見せぬ怪しげな総司令の姿が浮かぶ。飄々とした態度で真意を読ませず、しかし、実力は本物だ。信用などできない男だが、アレが陛下を裏切ったことはなく、間違いなく、今まで陛下のために行動している。だが、やはり、信用できない。何か他に目的がある。そう考えずにはいられなかった。

 アレが、陛下に利していたのは、時が熟していないだけだ。そう、時機がくれば、迷わず裏切る。否、それは裏切りではない。アレは初めからそのために行動していたのだから、それは騙されただけなのだ。


 イブキの思考には常にその考えが揺蕩っていた。証拠はない。故に、結論できない。しかし、不安があった。

 その智謀だけで、鬼人王となり、故に、侵攻の実行部隊である第二軍を任された四天王。すなわち、四天王随一の頭脳を誇り、『鬼謀軍師』の異名を掲げる男が疑っていた。


 されど、軍人である以上、命令は絶対である。どれだけ疑わしくとも、アレは自身の上官。魔王陛下が任じた者。

 疑い、警戒し、いつかのために備えるほかは為せることはありはしない。


「たとえ、貴様がペテンだとしても、俺が道化になることはない。絶対に」


 それは過信ではない。誇りと自信に溢れた静かなる言葉は、確かな経験の下にある。故に、その言葉は彼にとって、決意や覚悟といった代物。


 あぁ、けれど、この物語において、どう解されるかは保証しかねる。何故ならそれは、ほんの少しの選択で変わってしまうことだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ