常闇の城
「……ふぅ」
周囲に伏兵の存在のなさそうなのを確認して、イジネが息を吐いていた。
「お疲れ」
「ん?……ジャックか、そちらこそ、お疲れさまだ」
魔群の一掃を終えて戻れば、まず、視界に飛び込んできたのが、この状況だった。
城壁の上に立つイジネと、等しくのびている仮面を被った黒尽くめたち。
「カーラたちは?」
「城塞のほうにいるよ。彼らを拘束しているときに、負の気配があったが、それもすぐに消えた」
「ふむ?まぁ、セイやヤト、エリーさんの存在は確認できるから大丈夫か。一先ず、こいつらから情報を……」
そう思い、テキトーな一人の目を覚まさせようとしたところで、【念話】が繋がった。
『ジャック、こっちに吸血鬼を拘束してあるから、情報の取得はこちらのほうが良いと思うわ』
エリーさんの言葉に、なるほどと思い、ここをイジネに任せて、移動することにした。
……。
「父様!」「チッ!」
頭にセイを乗せて、ヤトが駆けてくる。それを抱き上げてやった。
「ヤト、頑張ったの」
「お、そうか。偉いぞ」
「えへへ」
褒めてやれば、ヤトは照れた様子を見せた。セイは……たぶん、食事を要求している。亜空の小袋から、テキトーな肉を取り出し、右の掌に載せた。
「チッ!」
当然!とばかしに、ヤトの頭から俺の右手に移動し、肉を咀嚼し始めた。
「ふふふ、ジャック、お疲れさま」
「いや、そっちも、お疲れ。……カーラはどうしたんだ?」
「えっと、ちょっとね……」
周囲を見れば、カーラが体育座りで隅にいた。あれが男?とか、活躍がなかったとか、ぶつぶつと言っている。
……そっとしておくか。
件の吸血鬼のほうを視界に入れる。
なるほど、美人だが時代遅れ、さらには、男か。うん、嫌なインパクトがあるな。
彼は、こちらを睨んでおり、交渉の余地は無さそうだが、一応、試みる。ヤトは、エリーさんのほうに渡した。
「よう、俺はジャックだ。お前の主は、どこにいる?」
「教えるわけがないでしょ!?馬鹿なの!そもそも、お前程度じゃ、主様の足元にも及ばないわ!せいぜい、主様の影に怯えて、これからの人生を生きるのね!!」
「そうか、残念だ」
いや、ホント残念だよ。なんで、イケボなんだ。まぁ、吸血鬼に交渉の余地が無いのは、わかっていたことだ。記憶だけ貰おう。
「ふん!」
「まぁ、お前の運命は、あまり変わらん。記憶を貰おう」
「……?何を言って……え?」
顔を背けていたカルロッタが、俺の言葉に再び、振り向いた時、その心臓には、夜刀姫が突き刺さっていた。
血魔法【血の追憶】
「あ、あ、あああぁぁぁああ!!!!?!?!!」
魔法の発動とともに、カルロッタが絶叫を上げる。当然だ。血核を壊す魔法の一つなんだから。しかも、記憶を読み取るために、完全に壊れるまで時間の掛かるような拷問じみた代物。普段、痛覚などない吸血鬼に、それを耐えられるわけがない。
「安らかに眠れ」
必要な情報を得て、出力を上げた。
「あ……」
解放を悟ったその目には、安堵があった気がした。それを確認することはできず、血核を破壊された吸血鬼はその身を灰と化して、滅び去った。
「どうだった?」
「首魁の居場所がわかった。どうやら、逃げようとしてるらしい。俺は今からそちらに向かう。エリーさんたちは、こちらで不測の事態を警戒してくれ」
「それはいいけれど、捕まっている人たちは?」
「どうやら、支配下の商人の元にいるらしい。奴らの居場所にはいない。そちらは、獣王、はダメか。爺さんに報告して、対処してもらうので事足りるだろう」
「わかったわ、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい、父様」
二人の言葉を受けて、魔術を発動させる。
時空魔術【転移陣】
浮かび上がった魔法陣が輝き、俺の姿をかき消した。
……。
「チッ!」
そう言えば、右手に乗ったままであったセイが鳴き声を上げる。
俺たちの目の前には、黒曜に鈍く光る城。雨が降っていた。
『常闇の城:とある吸血真祖が魔法で造り上げた迷宮。内部には、一切の光が無く、夜の住人である彼らの独壇場。』
「……行くか」
「チッ」
セイが右肩まで登り、落ち着く。俺は開かれていながら、闇で覆われた大門を潜った。
光の無い空間も、真理眼ははっきりと視認する。
大門を潜ってすぐには、広大な玄関ホール。奥には、扇状の階段とその先に、二手に分かれた階段。天井には、闇色のシャンデリア。人には、見えないだろうに、割と細かい。力の誇示か。
「いらっしゃい」
凛とした声だった。二手に分かれた階段の俺から見て、右。その中ほどで手摺りに頬杖を突いて、銀髪の美女がこちらを見ていた。
その隣、女よりも下段に佇んでいるのは大柄な男。少し尖った耳。縦割れの瞳孔。背後に見える鱗で覆われた尾。
龍人だった。
「珍しいお客様だわ。ねぇ、私たちとともに生きない?」
問いかけは甘く蕩かすように、魅了の魔力が感じられた。目を合わせれば、痲れのような感覚。
「魔眼か?生憎、俺には効かないな」
「釣れないわね。良い男は、女の願いを聞き届けるものよ?」
「媚びなきゃ、ダメな女は願い下げだな」
「……奥方様」
直立不動だった龍人が、女に呼びかける。
「そうね、諦めて、彼に任せるしか無いわね」
言外のことを察して、女が返事をすれば、左の階段から、コツコツと歩いてくる音。
「ん?我が愛、勧誘は失敗か?」
現れたのは、白いシンプルな仮面をした金髪の男。
「ええ、そうなの。あなたに任せるわ」
「あぁ、わかっている。……ダロガ、我が愛を連れて、先に行け」
「……御意」
龍人の男が頭を下げる。そのまま、行くのかと思ったが、こちらを向いた。
「……カルロッタはどうした?」
「すでに、灰だ。恋人だったか?」
「腐れ縁だ……」
静かに言った。表情に変化もなく、主の命に従い、ダロガはクリスティーヌを連れて城を登っていった。
「見逃すのか?」
「馬鹿言え。お前が牽制してるんだろが」
「くくっ……そうだな」
よく通る声だった。厳かで、透き通っていて、粘つくような、そんな美声。
「さて、挨拶しておこう。ブラッドオペラの血祖、ファントム・ブラッドオペラだ。そちらは?」
「ジャック・ネームレス。冒険者だ」
互いに、表情はない。
「一応、最後の問い掛けだ。こちら側に来ないか?」
ファントムの右手に、透き通るような深紅の刀身をもった細く長い魔剣が具現する。
俺の左手にも、夜刀姫が握られた。
「もちろん、ない」
答えると同時、こちらから開戦の火蓋を切って落とした。
パチンと指を弾けば
ドン!
とファントムのいた空間が爆発した。




