魔群の侵攻
獣王との勝負の後は、狸人の爺さんの手配で、城塞の中の客間で厄介になることになった。当然、女性陣とは別室である。
取り敢えず、連中の居場所がわからなければ、どうしようもないので、捜索隊が結成され、冒険者にも依頼をするようである。何の手掛かりもないので、闇雲に探すのかと言うと、そうではなく、占星魔術の【星詠】によって、大体の当たりをつけるようだ。
ちなみに、俺はこの魔術を使ったことがない。儀式魔術であるため専用の道具が必要であり、イカロスの遺品の中に、それがなかったのである。また、使用する必要性がなかったことも理由の一つだ。
獣人には、魔術が不得手なイメージがあるが、獣王のように、心霊魔術はほとんどの獣人の得意分野であり、狸人や狐人は占星魔術も得意であるらしい。
まぁ、ともかく、俺たちは一時の休息を得ることになったのである。
……。
カンカンカン!!
深夜。俺のような不死者でもない限りは、深い眠りにあるか、睡魔と戦っている時間帯。
獣王都に、けたたましい警鐘が鳴り響いた。
と同時に感じられたのは、濃厚な負の魔力。
存在を悟られたことを知って、連中が強硬手段にでも出たのだろう。俺は、取り敢えず、女性陣たちの部屋に向かった。
……。
廊下では既に、戦士や召使いたちが慌しく動いていた。それの邪魔にならないよう道の端を歩いていれば、前方からカーラたちが歩いてきた。向こうもこちらに合流しようとしたようだ。
「お兄さん!」
「ジャック、この気配は……」
カーラの呼びかけに手を挙げて応え、イジネの半ば確信のある問いに首肯で答えた。
「おそらく、存在がバレたからコソコソする必要がなくなったんだろう。若しくは、こちらの動きを鈍らせることで、逃亡の時間を稼いでいるかのどちらかだな」
「こちらを滅ぼせれば、完璧。そうでなくとも、被害を出せば、御の字と言ったところかしら?」
「そうだ。取り敢えず、獣王のところに行くぞ。勝手に動かれても困るだろうからな」
皆、異論はないようなので、気配を辿って獣王の元に向かった。
……。
「おぉ!オマエらか!魔群の侵攻だ!それも、屍霊のな!がははは!まぁ、巣を見つける手間が省けて良いじゃないか!」
相変わらずの大声は無視して、狸人の爺さんに話しかける。
「連中の目的は、おそらく、逃亡の時間稼ぎだ。こちらの動きを鈍らせるような手段を取ってくる」
「ふむ、なるほど。となると、魔群の侵攻のほうは囮か」
「そうだ。吸血鬼は狡猾で、人類のことをよく理解している。狙われるのは、あんたをはじめとしたこの国の政治を担っている連中だ」
「むぅ、となると、戦士団の大半を城塞に残すべきか。魔群のほうは、冒険者に任せて……避難誘導にも人員を割くとして……」
俺の話に、ぶつぶつと考えをまとめ始める爺さん。その様子を黙って見ていた獣王だが、やがて、痺れを切らしたのか、大声を上げた。
「あぁ!くそ!俺は、魔群のほうに行くぞ!ジジイ、そっちは任せた!」
「へ、陛下!?お待ちを!貴方様の護衛は!?」
「そんなものはいらん!この国最強は俺だぞ!」
そう言って、獣王はズカズカと歩いて行った。
「むぅ……仕方ないか」
「爺さん」
「ん?何じゃね?ジャック殿」
「俺も魔群のほうに行く。なるべく、魔群のほうに戦力を集中させておかなければ、向こうさんの動きに変化が出る可能性もある。予測のつけやすい方向に持っていくべきだ」
「まぁ、そうだな」
疲れたような表情の爺さんだが、話は了解してくれたので、イジネたちに向き直った。
「お前らには、なるべく、爺さんたちの護衛をやってもらいたいんだが」
「魔群のほうに、ジャックがいくのなら、私たちは必要ないだろうからな。言われなくとも、こちらに残ったよ」
イジネの言葉に、エリーさんとカーラも異論は無さそうだった。しかし
「父様、ヤトも?」
「チッ!」
ヤトとセイは、行きたそうにした。
「あぁ、お前らもだ。こっちで、爺さんたちを守ってくれ」
「ん、わかった」
「チッ……」
ヤトは素直に頷いてくれたが、セイは渋々だった。
「ふふ、ヤトちゃんは良い子ねぇ」
「セイちゃんも、こっちで活躍して、お兄さんに褒められよう?」
エリーさんがヤトの頭を撫で、カーラがセイを強引に抱き上げた。それを見届けて、俺は魔群のいるほうへと走っていった。