違和感
到着した都市で夜を明かし、エリーさんとカーラ、ヤトが家族水入らずの様子で買い物へと出掛けて行った。亜空の小袋を昨夜、もう一つ作成して渡してあるので、荷物の心配はない。
俺は、イジネとセイを伴い、冒険者協会を訪れた。どこも共通なのか、西部劇でよく見るスイングドアを、軋ませながら開けて建物へと入る。すると、案の定、今日を休みにしているのだろう連中がこちらに目を向けた。大半が興味を失い、談笑に戻ったが、何人かが森妖精であるイジネを珍しそうに観察したままだ。
「ここもか……」
イジネの呟きは、王国の王都でのことを言っているのだろう。獣王国への旅ということで、イジネにも個人の身分証があった方が便利だろうと冒険者登録をしたときも、周囲の連中は似たような反応をしていたのだ。
「気にしてもしょうがない。それより、依頼だ、依頼」
「そうだな」
俺の言葉に気を取り直し、イジネのほうが先に歩き出す。今回は、ひどい酔っ払いはいないのか、絡まれる様子はなかった。
等級別に貼ってある依頼の掲示板を眺めたが、特にめぼしいものはない。まぁ、当然ではある。割りのいいものは、朝方に、切羽詰ってるバカどもが我先にと取っていくのだろうし、そうそう飛び込みの依頼があるわけでもなし。
そう、割り切ってまた、小鬼の討伐依頼でも受けるかと思っていると、イジネが一つの依頼に目を留めた。
「ん?」
「どうした?なんか良い依頼でもあったか」
「いや、これなんだが」
そう言って、イジネが指し示すのは、銅級依頼に分類されても良さそうな低位の魔化物の討伐依頼だった。だが、実際には、銀級に分類されている。
魔化物の名前は、洞窟蝙蝠。蝙蝠が、魔力に影響を受けて、基礎スペックが向上しているだけの雑魚である。注意書きは特に無く、何故、等級が一つ上なのかはよくわからない。
「ふむ?まぁ、違和感のある依頼だが、数が多いとかそういうことだろ?」
「普段なら、そう思うところだが、蝙蝠系は吸血鬼の眷属としてよく見られる種類なのでな。どうしても、気になったのだ」
「ふむ、じゃあ、これにするか。近場だし」
「あぁ、そうしてくれるとありがたい」
ということで、俺たちが洞窟蝙蝠の討伐依頼を受けることで話をまとめようとしたところに声が掛かった。
「あの、その依頼を受けられるんですか?」
「あ?……あぁ、そのつもりだが?」
声を掛けてきたのは、ここの職員だった。狐人らしく、狐耳と尻尾があった。手には、おそらく、新規の依頼の束。貼りにきたついでに、声を掛けてきたのか?
「その、その依頼は洞窟のほうに素材採取に行っている薬師の方からの依頼なんですが、銅級の方が何度も挑戦して失敗してるんです。ですから、お二人もお気をつけ下さい」
「そうなのか」
「……銅級の冒険者からは、失敗の原因は聞けていないのか?」
基本的に脅威になるものがいない俺は、テキトーに聞き流そうとしたが、イジネとしてはしっかりと危険を把握しておきたいらしい、流石、森妖精の狩人である。
「えっと、皆さん、証言がバラバラで、ある人は数が多かったと言ったと思えば、ある人は上位の個体がいたと言ったりでして、確かなことがわからず。当協会としても、あまり不確定な状況はよろしくないのですが、皆さん、怪我はするものの全員無事に帰還するものですから、調査の優先度が低くなっておりまして、はい。ですので、噂の域を出ないのですが、幻惑系のチカラを持った魔化物が棲みついているのではというのが、一番有力な話となります」
「ふむ、そうなのか。ありがとう。気をつけて行ってくるよ」
イジネは、情報を提供してくれた職員に、笑顔でお礼を言った。職員は女性だったのだが、その笑みに見惚れたか、顔を赤くしていた。まぁ、森妖精は中性的な美貌だからなぁ。
……。
所変わって、森の奥。正確には、山の森だが。件の洞窟への道中。
イジネが飛行を遠慮するので、徒歩で向かっていた。これがカーラだったら、無理矢理にでも担いで飛んでいくんだが。
「ジャック、どう思う?」
「ん?」
イジネが周囲を警戒しながらも、問い掛けてくる。洞窟の脅威が何かについてだろう。
「さぁな。まぁ、どうにかなるさ、精神に作用するような類いのチカラは俺には効かないし、森妖精のあんただって、そういうのには、耐性があるだろう?」
「それはそうだが……」
「考え過ぎだ。吸血鬼は関わってねぇよ。こんななら、エリーさんの言うように買い物のほうが気が紛れたか?」
「うっ……すまない。そうだな、考え過ぎか。こうなると、早く剣を振りたいところだ」
そう言って、イジネは腰に佩いた細剣の柄を撫でた。
その様子は、知らない奴に見られれば、狂人認定されそうなところがある。まぁ、戦闘の才能に特化どころか、極化してると言う話だし、あながち、間違いでもないのか?
?
「どうした、ジャック?」
「いや、別に」
気を落ち着けようとしたイジネは気づかなかったようだが、一瞬、こちらを観察するような気配がしたが、すぐに消えた。
俺は、それを気のせいと思うことにして、歩みを再開させた。