家族?
『エリーは、ヤトの母様?』
ヤトの何気ない一言が、場に沈黙をもたらした。
エリーさんはゆっくりと身体を起こし、俺の持つヤトを見て語りかける。
「ヤトちゃんは、お母さん欲しい?」
『ん、欲しい』
「そっか、じゃあ、私は今日からヤトちゃんのお母さんよ」
『わーい!』
ヤトが無邪気に喜び、エリーさんはニコニコしていた。
「あの、お兄さん。そうなると、お兄さんは私のお義父さん?」
カーラが恐る恐る問いかけてくるが、それに呆れた目を向けて答えてやった。
「そんなわけないだろう。まぁ、ヤトがエリーさんをどう思うかは、二人の勝手だが。血族になったからといって、家族関係に当て嵌める必要はない。当て嵌めるとしても、まぁ、エリーさんとは兄妹くらいの関係で、俺はお前の伯父くらいに思っておけ」
「お母さんのほうが、歳上だけどね、伯父さん!」
「お兄ちゃん!いい響きね♪ふふふ」
『父様、母様好きじゃないの?』
こいつら、わかってて言ってんな?
『チッ!』
ことが終わって、少し気を抜いていたところにセイの【念話】が届く。
セイには、この独断専行によって捕まっている者に危害が加わらないように、公爵家邸に侵入してもらい、護衛をしてもらっていた。
召喚魔術【感覚共有】
『ちっ、なんだ、この鼠は?仕方ない、撤退だ』
セイの目の前にいたのは、軽薄そうな男。
そいつは、そう言って、その身を蝙蝠の群れに変じ、王都の空を飛んで行く。
俺は【隔離空間】を解除して、それを視認する。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「あなたの敗北を察して、もう一体が逃げてる」
「あら、ホント」
未だにお兄ちゃん呼びを続けるエリーさんに答えつつ、俺はそれに右の掌を向けた。開いたそこに正の魔力が集束し、一つの魔術を形成する。
神聖魔術【聖雷招来】
青白く輝く聖雷が夜空を貫く。
空を飛んでいた蝙蝠の群れは、断末魔をあげることもなく、塵も残さず消え去った。
『セイ、被害は?』
『チッ!』
胸を張るイメージが伝わってくる。どうやら、捕まっている者どころか、公爵まで守ってやったらしい。公爵は、就寝したまま、今の騒ぎを気づいてもいないときたもんだ。
俺たちは面倒事になる前に、その場を離れた。
……。
その後、公爵家邸や繋がりのある商会を一斉、摘発。吸血鬼はいなかったが、それがいた証拠に、頸に二つの吸い穴が空いた死体が発見され、公爵に関わりのあった者は四神教会に睨まれることになり、反乱分子もつくることはなく、公爵は即刻処刑、王都の問題は解決した。
その前日の夜、青白い聖雷のあったことが噂になったが、民衆の間では、四神教会が発表した吸血鬼と結託した公爵への神の怒りの現れということで話が通っている。
カラグあたりは、俺のことを露骨に怪しんでいたが。まぁ、エリーさんも連れ帰ったしなぁ。
問題は、その後。押収した資料から国中に公爵の手が回っていることが判明。王国と協力し、森妖精の戦士たちも各地に散り、同胞の完全解放を目指している。ここまでなら、まだ良かったが、話はそう簡単には、終わらない。
捕われた者たちは、最終的に隣国である獣王国に運ばれていることが判明。俺とその知人だけは、エリーさんから直接、話を聞いたところ、今回の一連の騒動は吸血鬼主導の事件らしく、獣王国には、その本拠地があるらしい。エリーさんは、放浪中に勧誘されたらしく、どの血族の仕業かまでは知らなかった。
王国よりさらに遠くに、同胞がいることを長老に相談したところ、そんな遠くまで戦士たちを送るのは、長老としては断念せざるを得ないと語った。しかし、イジネが断固として助けに行くと言ったため、イジネと俺たちだけが獣王国に赴くこととなった。
カラグとアデル王の計らいで、諸々の事情などが認められた王印付きの書状を持って、俺たちは獣王国に旅立つのだった。