こちらが贖罪
「エリー、生きてくれ」
「ホスロー……?」
「あなた……」
カーラは、呆然と自身の守護霊を見つめ、エリーさんはその正体を悟った。
母娘の前で、青白い羽の梟は光を放ち、その輪郭を崩す。
現れたのは、黒髪黒目の人間。
「どうして、あなたが?」
「え!?ホスローが人間になった!?」
「カーラ、そして、エリー。今まで黙っていて悪かったね。私は、君を止めて、死後、未練を残し、カーラの守護霊となった。ずっと、娘の成長を見てきたし、君の拙い、子育てを見てきたんだ」
「そう、なの……」
「えっ、その言い方って、もしかして」
「そうだ、カーラ。私は君の父親だ」
「お父、さん?」
「えぇ、そうよ。あの人は、ホスロー、私が愛した人」
カーラは、エリーさんの言葉でようやく、実感が湧いたらしい。その瞳を大きく見開いて、驚きの感情を表した。
「エリー、君は自分が死ぬべきだと言うね?」
時間がなかった。契約者である娘に、その正体を明かしたホスローは間もなく、冥府に帰る。だから、早々にエリーを説得にかかった。
「えぇ、私は生きていてはいけないわ。多くの人を殺してしまった」
「……意地悪を言うよ、エリー。君のその感情は、私に逢いたいがための言い訳だ。本当に、償いたいのならば、彼らの分まで生きるべきだ」
「それは……!」
人は、誰しも自分の世界で生きている。それはとても、都合が良くて、けれど、他者をすべて理解することは決してできないことの証明でもある。だから、どんな感情も、奥底を探れば、自己満足な理由がある。
少なくとも、俺はそう思っている。そして、それを使って説得するホスローにも、それに衝撃を受け、自覚を錯覚するエリーさんにもその考え方があるのだろう。
だから、カーラは優しく育った。
「それでも、私は……!」
「エリー、カーラには、まだ、君が必要だ。父親としてそばにいることは、死者である私には許されない。正体を明かした私は、このあと、冥府に戻される」
「うっ……」
「そんな!?お父さん!?どうにかならないの!?」
「あぁ、どうにもならない」
娘の涙に、無情に答えるしかないホスロー。だからこそ、言葉を紡がなければならない。愛娘と最愛の妻に残す別れの言葉を。
「エリー、生きなさい、私の分まで」
それは、愛する妻へ送る、最も強い祝福。
「カーラ、健やかに、吸血人の宿命など捨ててしまいなさい」
それは、娘を想う偽りない言葉。
すでに、ホスローの姿は段々と薄れている。
「あなた……!」「お父さん!」
「愛しているよ、エリー、カーラ。さよならだ」
母娘の呼びかけに、父は優しく言った。屈託のない笑みは儚げで、そして、そのまま、姿を消した。
「あなた……」
エリーさんは、呆然とホスローのいた空間を見ていた。
そこに、カーラが声をかける。
「お母さん、どうするの?お父さんは、生きろって言ってたよ」
娘を見て、また、父のいたところを見た。目蓋が下りて、言葉が紡がれた。
「まだ、生きなきゃダメ?」
「生きて、生きてよ、お母さん……」
それが本音なのだろうか。死を待つように、母は黙った。
娘もこれ以上、言葉がないのか、ただ、母の顔を見つめるばかり。
「……どうするんだ?」
痺れを切らした。どちらにしろ、何か切っ掛けがなければ、結論は出なかっただろう。
母はゆっくりと目蓋を上げ、娘の顔を見て微笑んだ。そして、俺の目を見て言った。
「生きます、あの人に言われてしまったから。貴方の血族にしてください」
「わかった。カーラもそれでいいな?」
俺の問いかけに、呆けていたカーラが満面の笑みで頷いた。
「では、誓約を始める」
俺は、エリーさんに突き刺さったままのヤトの柄を掴み、魔法を行使する。
「我、ジャック・ネームレスが、爾、エリー・ブラッドローズに望むは我が血となりて、我が願いを共に叶えること。爾、其を誓えるか」
「ええ、誓います」
血魔法【血族の契り】
小っ恥ずかしい誓約の文言は、魂に刻まれた術式が決めている。別に、願いを叶えないからといって、何か罰があるわけではない。そもそも、俺は願いなんて持っていないし。
それはともかく、ヤトを通じて、俺の血をエリーさんに流す。そして、魔法により、エリーさんの種族が創り変えられる。
『個体名:エリー・ブラッドローズ Lv.38
分類:不死者 人類
種族:吸血聖女 』
『吸血聖女:吸血聖人の女性。吸血聖人と同じ能力を宿す。』
その瞳が碧く輝くのを見て、ゆっくりとヤトを引き抜いた。




