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屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第二章 王国と大森林
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襲撃

 あれから二週間と少し、都市を二、三ほど経由した王都までの旅程も、後は王都に着くばかり。

 シャバニア辺境伯領では、ほぼ獣道のようだった道も、王都の近いこちらは、整備されて馬車の揺れも少ない。

 周囲は見晴らしの良い平原で、危険な魔化物(モンスター)も生息してはいない。


 天候は快晴。長閑なものである。


「すぴー、すー、すぴー、すー」


 朝に弱いカーラは、揺れる馬車のなかで横になって寝ていた。その頭は、イジネの膝の上にあった。ついでに、セイもカーラの頭で丸くなっていた。


「イジネ、痺れないのか?そいつは、多少、雑に扱って問題ないと思うぞ」

「ふふふ、いや、構わんよ。私は一人娘なんだが、こういう妹が欲しいと思ったこともある」


「そうか」

「あぁ」


 優しく微笑み、イジネはカーラの黒髪を撫でてやる。それがこそばゆかったのか、モゾモゾと動くカーラ。セイは落ちそうになっていた。


「ん……お母さん……」


「おや、そうか。吸血人(ダンピール)だものな……別れも早かっただろう」


 カーラの寝言に、悲しげに目を伏せるイジネ。吸血人の育ち方を知っているのだろう。

 俺はそれに反応を見せず、小窓から外を眺めた。


 ?


 外にある何かに、陽光が反射したように思った。

 それが何かを考える間もなく、蝙蝠に匹敵するのだろう自身の聴覚が、何かの音を捉える。


 ヒュゥゥ


 矢音だ。俺はすぐさま、魔術を行使。


 魔力操作(マナ・コントロール)・派生技術【障壁(ウォール)


 透明な薄紫の魔力の壁が、三台の馬車の周りを覆う。それと同時に、先頭の馬車が止まり、それに続いて俺たちの乗る最後尾の馬車と中間を進んでいた馬車も止まった。おそらく、カラグがその聴力で気づいて指示を出したのだろう。

 先頭の馬車に乗っていたカラグ自身が降りたのを確認して、俺も降りる。


「襲撃だ。少し見てくる。イジネはカーラとセイとここにいてくれ」

「あぁ、わかった」

「チー」


 俺が察知した矢は、【障壁】に当たり、呆気なく地面に転がっていたが、その失敗を確認する間もなく、次次と矢が射られた。

 まぁ、すべて【障壁】に弾かれるのだが。


「カラグ」

「この【障壁】はあんたか?」


 俺の呼びかけに振り向きもせず、カラグが言った。その視線は、矢の来る方向だった。


「あぁ、そうだ。これは野盗じゃないよな?」

「そうだな。王都の近くだ。治安も良い。情報を得た公爵が急ごしらえで用意した刺客だろう」

「全員、生け捕りがいいか?」

「……できれば、そうしてくれ」

「了解」


 軽く手を振って答え、俺は【障壁】の外に進み出た。すると、矢の標的が無防備に見える俺に変わる。


 精霊魔術(シャーマニズム)風霊(シルフ)()加護(バリア)


 風が俺の周りを包み込み、矢の悉くを退ける。

 成功するまでやれという指示を受けているのか、隠れた刺客が撤退する様子はない。矢が効かないと見るや、少し高低差ができていたのだろう辺りから、複数人が顔を出し、剣を持って向かってきた。


 レベルの程度は、20以下。奇襲の仕方や迷いのない態度から一応、訓練はしているのだろうが、三流だな。


「覚悟ぉ!」


 気合の声とともに、振り下ろされる鉄剣を前進によって避け、その男の首に手を当てる。


 心霊魔術(サイキック)気絶(スタン)


 手刀は素人がやると上手くいかないらしいし、俺の身体能力だと加減を間違えれば殺してしまうので、無難に魔術で気絶させる。呆気なく、地に倒れる男を視界の外にやり、次の標的に目を向けた。


「くっ!てやぁ!」


 手を当てただけで気絶したのは、傍目には何がなんだかわからないためだろうか?少し、怯んだ様子を見せた男は、しかし、気合を入れ直して、突きを放った。


 俺は身体を横にズラすだけで、それを回避。今度は男の口元に手をやった。


 精霊魔術【真空(バキューム)


 男の口元から、空気を奪い、窒息させる。本来なら、数十秒ほどの猶予があるが、窒息という概念を魔力で増幅しているため、すぐに視界が暗転したことだろう。男もまた、呆気なく地面に転がった。


 他数人が思わず、後退り。


「はい、注目!」


 手を叩き、声を上げ、こちらに視線を向けさせる。


 心霊魔術【魅了暗示(チャーム)


 本来は、徐々に相手の思考力を奪い、好意を植え付ける魔術。だが、聖なる魅了の特性を持つ俺ならば、その効果は一瞬で現れる。目の合った者は、その瞳から光を失い、俺に絶対服従の人形と化す。


「そんじゃ、そこで待機な」


 ぐるっと周囲すべての刺客に目を向け、余すことなく人形にして命じた。

 俺は彼らの隠れていた場所に走り、一人だけ残っていたおそらく、失敗のときに情報を持ち帰る役割の者と向き合う。


「な、んで?まだ、戦える連中が」


 人形のことを言って、驚愕の表情を浮かべるそいつに、無造作に近寄る。思考を止めたそいつに、回避する術はなかった。

 足払いをかけ、両手を拘束する。


「きゃっ!?」


 女の悲鳴だった。それを無感動に聞き流し、拘束魔術をかける。


 精霊魔術【地霊(ノーム)()(バインド)


 土が魔術の行使とともに蠢き、女の手首に纏わり付いて手枷となり固まる。歩かせるので、足枷は必要なかった。


「そら、立て」


 強引に立たせて、カラグのもとに戻るのだった。


 刺客をカラグの部下に任せ、馬車に戻れば、カーラはまだ、寝息を立てていた。セイも変わらず、カーラの頭の上。それに苦笑しながら、座る。


「お疲れ」

「ありがとよ」


 イジネの労いに感謝を述べ、互いに笑みを浮かべた。やがて、馬車が動き始める。


 ……。


 襲撃から、小一時間。王都を視界に収めた。


「チー!」

「わぁ」

「おぉ」


 セイやついさっき目覚めたカーラ、イジネまでもが、その威容に感嘆の声を上げる。

 ここからでもわかる巨大な城壁。そして、それを上回る高さを持つ塔の数々。その塔の集まりの中心に見えるのは、王国の象徴である白亜の城。


 ……さぁ、公爵、覚悟しておけ。俺にお前の権力は通用しないぞ?

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