表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第二章 王国と大森林
38/139

怪物の子

「頼みを聞いてくれないか?」


 ホスローは真剣な表情でそう言った。俺は取り敢えず、椅子に座り、ホスローにも勧めた。それから、改めて、会話を再開する。


「なんだ?カーラのことか?」


「あぁ、そうだ。娘のことでもあり、妻のことでもある」


「ふむ、詳しく聞かせてくれ」


 俺の言葉にホスローは、一つ深呼吸をして話を始めた。


 ……。


 吸血人(ダンピール)は、吸血鬼(ヴァンパイア)の母と人間(ヒューマン)の父のもとに産まれる。

 それは、吸血鬼には本来、性機能がないからである。しかし、人型種族とならば、誰とでも子をなせる人間の精子が吸血鬼の子宮に辿り着くと、母の魔力が卵子の役割を果たし、子が誕生する。


 恋をして、愛を与え、与えられ吸血鬼はその怪物性が封じ込まれるが、子をなした吸血鬼はその怪物性を徐々に取り戻す。恋人との愛の結晶は、彼女を殺し得る生まれついての吸血鬼狩ヴァンパイア・ハンター。そのチカラは、お腹にいる時から彼女の心を苛むのだ。


 子を産むときを持って、吸血鬼の母はその怪物性を完全に取り戻し、天敵である子を殺そうとする。だが、それを父が止めるのだ。文字通りに命を掛けて。

 恋人の血を吸い尽くし、彼女は再びその怪物性を封じ込める。およそ、十年の猶予の間に自らの子を自らを殺すことのできる立派な狩人に育て上げるのだ。


 やがて、十年の終わりが近づくと母は、子にすべてを打ち明け、子は母を殺す。吸血人はその時から、吸血鬼狩として独り立ちするのだ。もう二度と自分のような子が生まれないようにするために。


 ……。


「それが吸血人の育ち方だ。だが、あの子は、カーラは、優し過ぎた。世間知らずだった妻に代わり、色々なことを私が教えた。だが、それが間違いだった。親殺しに対する忌避感を持ったために、カーラは妻を殺すことができなかった……カーラは家を飛び出し、方々を旅しているうちに奴隷狩りに巻き込まれ、今に至るのだ」


 ホスローはそこまで言うと、自責の念か、強く拳を握り締めた。


「それで、頼みとは?」


「カーラが奴隷として運ばれているとき、守護霊が目に映らないことを利用して情報を収集していたのだが、その中に用心棒として吸血鬼が雇われているという話があった」


「なるほど、それがカーラの母というわけか」


「そうだ。名をエリー・ブラッドローズという紅い髪の綺麗な女だった……怪物性を取り戻している彼女は、血の供給を条件に雇われているのだろう。君に頼みたいのは、彼女を助けてくれということだ。吸血聖人(ヴァンパイア・ホープ)という新種である君の血族になれば、彼女はカーラの母として生きていけるだろう」


 ……確かにそうだろう。だが……


「血族になれば、それは俺のモノになるということだ。それをわかっているのか?」


 血族になるということは、基本的に吸血鬼が番いとして人間を吸血鬼にすることを言う。性機能のない吸血鬼にとって、それは婚儀と同時に子を生む行為だ。もちろん、変わり者で婚儀の意味合いが薄い吸血鬼ならば、気に入った相手を血族、すなわち子供にすることだってあるだろうが、それは稀なこと。気に入った程度ならば、眷属にして絶対服従の下僕にしてしまう。だが、すでに吸血鬼である者がその対象の場合は、選択肢は血族にするしかない。吸血鬼は眷属化できないのだ。

 なんにしろ、血族も眷属も「親」には絶対服従だ。違いは、眷属が強制であるのに対して、血族が説得して相手方の了承が必要なことだけ。どちらにしろ、それは俺のモノになるということ。ホスローが、俺をどう思っているか、知らないが、自分の愛する人を赤の他人である俺に託せられるのか?


「あぁ、わかっている。だが、カーラはエリーを殺せない。だからといって、君にエリーを殺してくれと頼むのはこちらとしても心苦しい。結果、君のモノになることで、カーラが母を殺す必要のなくなることが最善だと思うんだ、そうすれば、エリーもカーラとともに生きることができるからね」


 この人は……自分の愛する者が、他人の者になってでも、幸福になることを願うのか。

 ホスローは、最後の言葉とともに笑みを浮かべた。妻と娘が仲良く暮らしているところでも想像したのだろう。


「……いいだろう」

「ホントかい!?」

「だが、条件がある」


 俺の了承に、食い気味に反応するホスロー。俺はそれを手で防いで言った。


「俺のチカラを使えば、一時的にエリーさんの怪物性を剥ぐことができるはずだ。だから、その時にエリーさんの希望を聞く」


「あぁ、わかった」


「そのときの希望はおそらく、三つ。一つ、血族になること。二つ、カーラに殺されること。三つ、俺に殺されること。……カーラが自分から動けば、俺は止めないし、俺は知人の母を殺せるほど、優しくない。だから、ホスロー、そのときはお前がカーラと奥さんを説得するんだ」


「わかった、私が私の思う最善のために、エリーとカーラを説得しよう」


 ホスローは決意に溢れた顔をしていた。妻と娘を愛しているのだろう。


 だから、カーラは母殺しができなかったんだ。あんたの教育は正しかったよ、ホスロー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ