吸血鬼は泳げない
カーラが慣れた手つきで、森猪を解体していく。ここで食べるわけではないので、適当にブロック状にしていくだけではあるが。
「ふむ、鮮やかなものだな。私はそういうことはいつまでも、慣れなくてな」
割と感動しやすいらしいイジネがポツリと言った。
「そうだな。イジネは小さいときから戦闘は凄まじかったが、それ以外はからっきしだったからなぁ」
近くのイジネと同い歳くらいの見た目の男の森妖精が、それにやはり、ポツリと言った。
「ふむ、その言い方だと、あんたはイジネより歳上なのか?」
「そうだぜ、ジャックの兄ちゃん!」
「森妖精は、歳の見分けがつかんな」
「だははは!」
俺の相槌のなにが面白かったのか、その男は俺の肩をバシバシ叩いた。
「人間は、そうらしいなぁ!だが、よく見ろ、イジネの耳はピンと張っているが、俺の耳は若干、垂れてるだろう」
「うん?おぉ、ホントだ」
「これが俺たちの歳を見分けるコツよぉ」
へぇ。俺はその豆知識を心にメモしながら、相槌を打つ。
「覚えておこう」
「おうよ!」
「お兄さ〜ん、【保管】は使えますか?」
粗方の解体を終えたらしいカーラが呼びかけてきた。
「あぁ、使えるぞ」
「じゃあ、お願いします」
俺は了解と頷いて、魔力を集中。
時空魔術【保管】
森猪のブロック肉を魔力が覆い、その品質を維持するよう働きかけ続けている。よし、成功だな。
「できたぞ」
「はーい!じゃあ、イジネさん、出発しましょう!」
「あぁ、だが、どうやって運ぶ?」
「そんなのお兄さんが魔術でやってくれますよ〜」
カーラの軽い言葉に、イジネは申し訳なそうな顔を向けてくる。
「あぁ、そのくらい構わんよ」
俺は【念動】を行使して、ブロック肉を運ぶのだった。
……。
「川だー!」
「チー!」
いつの間にか、意気投合しているカーラとセイの元気な声が聞こえる。
そう、俺たちの前には、微妙な深さで微妙な早さの流れの川が流れていた。
「あぁ、そうだった。いつもなら、普通に渡るんだが、今は彼らがいるからな……」
イジネは捕まっていた同胞の体力問題を考えてか、頭を抱えている。
ふむ。ちょうど良いな。
魔力操作・派生技術【障壁】
俺は、【障壁】を橋になるように展開した。透明で薄い紫の橋が瞬時にできあがる。
「おぉ、すまないな、ジャック。本当にありがとう」
イジネが、かなり真剣に感謝を伝え、同胞たちの誘導をはじめた。
そこへ、カーラがそそくさと寄ってきて囁いた。
「お兄さ〜ん、泳げないんですか〜?」
わざとらしいからかいの言葉。
「当たり前だろ」
俺はそう言いつつ、密かに魔力を操作した。
「そうですよねー、クスクス」
少し、ウザいくらいにからかってくるカーラは、吸血鬼のこの弱点を把握しているのだろう。
吸血鬼は泳げない。
正確には、泳げないのではなく、流れのある川などでは肉体の制御が効かなくなるのだ。これは吸血鬼が霊体を本体にするために起こる現象で、飾りというか、擬態というか、正の生命だった頃の名残というか。とにかく、オマケである肉体は、浄化の概念を孕む水の流れに捕まり、制御が効かなくなる。
他にも、霊体が本体なために空っぽの肉体はよく燃え、影がなく、弱点以外は霊銀のような魔金属でなければまともにダメージが入らないといった特徴がある。俺の場合は、吸血聖人なため、魔金属と炎が弱点といったことはないが、水の流れに捕まることと影のないことは克服されていない。ただ、影は魔術で認識誘導を引き起こしているから、バレたりしない。水の流れも魔術で堰き止められるが、そんな派手なことをすれば、流石にバレるので、イジネの悩みは渡りに船であった。
「行くぞ、カーラ。俺たちで最後だ」
「はーい!クスクス」
こいつ、笑いすぎだ。
「うえ!?」
俺が歩き出し、カーラもそれに続こうとしたところ、彼女は呻き声を発して転んだ。
「大丈夫か?」
俺は心中で笑いながら、問いかけてやる。
「あっはい。大丈夫です、お兄さん」
あれー、おかしいなぁ?とかなんとか言いながら、カーラが立ち上がり、動き出そうとする。
「ぐっ!?」
しかし、今度は足そのものを上げることすらできない。
「どうした、カーラ?クク……早く、行かないと置いてかれるぞ」
俺は遂に、堪えきれず笑いを零しながら、カーラに優しく言葉をかけてやる。
「あ!お兄さん、笑った!ちょっ!待って、これお兄さんの仕業でしょ!早く、解除してください!」
「失礼な奴だなぁ。ほら、早く行くぞ」
俺はカーラを放置して、【障壁】の橋を渡り始める。
「え!?ちょっ、ホント、待って!?……お兄さん!さっきのこと謝るから!解除してください、お願いします!」
やっと悪戯の原因を把握したカーラが謝ってきたので、俺はカーラの靴にかけた【念動】を解く。
「次からは言葉を選ぶように」
「はーい……」
カーラは観念したように、トボトボと歩き出した。




