魔術入門
一通りに、自己の状態を確認して、俺は辺りに目を向けた。この広間の奥にまだ、扉があるのが見えた。
イカロスの塵を見る。一応、真理眼。
『死霊王の遺灰:怨念の炎で焼かれた遺灰。死霊魔術において、優秀な触媒となる。』
ふむ。優秀な素材のようだが、保管ができんな。
取り敢えず、このボロ切れのようなローブで包んでおくか。ちなみに、ローブはなんの変哲もないボロ切れである。
で、杖のほうは……
『死霊杖アポリニッチ:死霊魔術に最適化して作成された杖。その素材は、明らかに真っ当なものではない。』
……どこまでもクズだな。一応、これも持ってくか。
左手は剣を持っているため、杖にボロ切れを括り付けて右手で持ち上げた。
「セイ、いくぞ」
「チッ」
すでに、平らげていたセイを呼び、奥の扉を潜っていった。
……。
扉の先には、それなりの広さの部屋があり、そのほとんどが本棚とその蔵書で埋められている。一つだけ作業台らしき机と粗末な椅子があった。見渡せば、本棚以外の棚には、生き物の眼球や尻尾、植物の花や葉、根、鉱石の類が雑然と保管されている。ここは、イカロスの研究部屋のようだった。
俺は、たった一つの机の上に、剣と杖とボロ切れを置く。そして、無造作に本棚に近寄り、そこに収まる本のタイトルを確認する。
「死霊魔術の可能性」
「ヴィクターの失敗」
「死霊魔術概論」
「四神と神秘の関係考察」……
そのほとんどが魔術書の類のようだった。そのなかには、「魔術入門」という明らかな入門書があったので、俺はそれを手に取り、粗末な椅子に座った。
文字は真理眼のおかげで、普通に読めた。
『さて、この本を開いた者の多くは魔術というモノを勘違いしていることだろう。前提として、魔術とは火や水、土や風を操るだけの代物ではない。魔術とは魔力を操作し、理論に従ったイメージで行使する神秘事象そのすべてである。
よって、魔術師たちがまず、はじめに習うのは敵を焼く炎でも、敵を切り刻む風でもない。地味で、根気のいる魔力操作の修得である。』
ふむ?魔力操作ねぇ。
……。
お?……血魔法の特性を獲得したおかげか、わりとすんなり自分の中の魔力を感じ取り、自在に操ることができた。さて、続き続き……
『魔力操作には、派生技術と言われる魔術があり、その中の【念動】ができて一人前と言えるだろう。【念動】は、物体に魔力を浸透させることで念じるだけで自在に動かすことができる魔術だ。』
念動……
俺は手近にあった愛剣に魔力を注ぐ。隕鉄は魔伝導率が極端に低いため、なかなか浸透しなかったが、哲人石でほぼ無制限の俺の魔力でゴリ押しして浸透させた。やがて、愛剣を魔力で満たした感覚を持った俺は持ち上げることを意識した。
カチャ……
最初は少し、震えるだけだったが、根気強く念じると、愛剣は素直に浮き上がった。面白くなって、上下左右斜めと緩急をつけて動かし、一頻り遊ぶ。
ようやく、飽きたのはそれから小一時間ほどした時だった。