紺碧の瞳
……。
目蓋を開けば、暗黒の空間に居た。
「お目覚めかな」
慈愛に溢れる男の声が響く。
声のもとに振り向けば、優しげな笑みを浮かべ、純白の翼を六対持つ白皙の美男がいた。身体は六対の翼のうちの五対で悉くが隠され、残りの一対は堂々と広げられている。その額には、翠玉の煌めきがあり、両の手にはそれぞれ、左手に鮮やかな紅き石と右手に深き青の水を満たす杯を持っていた。
「あな、たは?」
「私は、君の象徴だ。さぁ、封印の殻を破りし君に、チカラを授けよう」
男は、それだけ言って、両の手に持つ石と杯を俺に渡す。俺はそれを為すがままに受け取った。
「これもだ」
男は、その額に煌めく翠玉を砕き、俺に振りかけた。
それとともに、男の翼は漆黒に染まりゆき、その肌は褐色に焼かれていった。その表情は残酷な笑みへと変わり、それでも慈悲に溢れた声で告げる。
「さぁ、いけ。哲学者、この世の全てを探究せよ」
「……ルキ……」
フェル……
最後まで言い切れたか、どうかもわからず、俺の意識は現実へと浮上した。
「私をその名で呼ぶか……」
暗黒の空間に、変わり果てた男の声が響いていた。
……。
世界が戻る。俺の周囲には、死霊どもが集り、イカロスが天を仰いで大笑いしていた。
『クーハははハはハハ!!……?』
イカロスの勝利の大笑は何かに気づいたか、収まる。俺を見て、そいつは何と思ったのだろうか。カタカタと剥き出しの骨を震わせていた。
俺は、自分の内から湧き上がる枯渇の様子を見せないチカラを感じ取り、悲鳴を上げたはずの身体を修復し……
斬
状況を把握して、周囲の死霊をすべて斬り払った。
「チッ!」
セイの嬉しげな声が響く。
『な!?……な、ぜだ?……』
呆然とイカロスが問う。
俺はそれに答えず、ゆっくりと一歩を踏み出した。通り掛かりの死霊は残さず屠る。
イカロスは俺の一歩ごとに後退りした。
『なぜ?』
一歩。
『な……ぜ……』
二歩。
『なぜ、お前が、お前が……』
三歩。
『なぜ、お前がその瞳を持っている!!?!それは、あり得ない!?お前が、ワタシが、この世すべての屍霊が赦されるはずのないものダ!?』
「さてな」
その相槌を打つ頃には、俺はイカロスを間合いに捉えていた。
『グッ……答えろ!なぜ、お前が紺碧の瞳を!?なぜ、お前が聖神どもの祝福を受けている!?こタえろォおおオオ!!!』
「死人に口無し。死者に語る言葉を俺は持たんよ」
言葉をはじめると同時に、イカロスの頭蓋を斬り裂く。
『な……ぜ……ダ……』
死霊王故か、負の魔力を離散させながらもイカロスは最期のそのときまで疑問を繰り返していた。
その骸は、長き時の流れを思い出すかのように塵となり、ボロ切れのようなローブがファサリと落ちた。
カラン……
最後まで立っていた赤黒い大杖も虚しく床に転がった。




