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屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第五章 不死の黄昏
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始原

 龍となって爪を振り下ろす。


 手応えなど全くなかった。


 やはり、何も影響していない。


「どうやって……」


 ノロノロとヒトの姿へと戻り、呟く。


「どうやって、勝てというんだ!?」


『問われたのなら、答えよう』


 魔術王の用意した指輪が光り輝く。


 俺の中にある最後の固有特性が解放された。


『固有特性:哲学者

 ・思慮(フロネシス):汝、思慮深くあれ。さすれば、未知は拓かれん。                     』


 まさか、いや、確かにその論理ならば、勝てる、かもしれない。


『勝ってくれなきゃ困るよ。ここまでお膳立てした意味がなくなってしまうからね。魔法は魂に刻まれた術式だ。何故、誰も疑問に思わなかったのだろうね?人間の魔法がないことについて、魔法がないのならば、人には魂がないことになってしまうのに。だが、僕の仮説は証明されたんだ。僕は、人間の魔法を見つけることに成功した』


 御託はいい。お前のような研究者は本当に話が長い。今はそれどころじゃないだろ?


『ふふ、あぁ、そうだね。ごめんごめん。さぁ、世界を救うとしようじゃないか』


 哲人石からありったけの魔力を汲み上げる。


 真理眼と無知の知で邪心ヤルダバオトの想念を観る。


 思慮によって、その魔法を編み上げる。


「『想い(Vitae)出すんだ(memorias) 想い(affectus)描け(trahunt) 

 かつて(vivamus)生きた(illa olim) あの日々を(die-ut-die)

 辛く(In)苦しい(dolorem)現実に(molestum)あって(re) なお(non)失われぬ(perdidi)あの輝き(candor) 

 すべて(serenum)の負(omnes)を祓(enim)った(negans) 愛しき(carissimi)それを(annorum)』」


始原魔法(オリジン)かつて見た(parvus)幸せな夢(beatitudo)


 ……


 魔法とは願いである。


 この世界の人間たちの願いとはなんだろうか?


 希望があることだ、救いがあることだ、神がいることだ、夢があることだ、動けることだ、呼吸することだ、食べ物があることだ、試練があることだ、ロマンがあることだ、喜びがあることだ、栄光があることだ、明日があることだ……


 大切なモノがあることだ。


 ……


『エリー、カーラ……』


 邪心の声が、ホスローのものとなった。


『セイメイ。あぁ、あの修行の日々は楽しかった、な』


 クズハのものになった。


『あの人との恋は楽しかった。

 あの子の成長が楽しみだった。

 失敗もあった、けれど、活き活きとしていた。

 友と駆け抜けたあの時代、辛く苦しかったが、夢があった。

 仲間たちと笑い合った、あの頃があった。

 託してきたはずだ、愛する者に。

 残してきたはずだ、未来ある者に。』


 様々な声が、死に際ではなく、幸福だった頃の想念を記憶を思い返してゆく。


 負の感情で覆われていた邪心の巨人を構成する数多の顔が、穏やかな表情や笑顔や晴れやかな表情を浮かべてゆく。


 やがて、想念たちは個々の在り様を思い出して、分離してゆく。


 黒き汚泥が、白き泡へと変わってゆく。


『おぉ……おぉ……』


 たとえ、人の営みが無意味なものであったとしても、人は意味をつくることができる存在だ。


 ごく僅かながらも、それでも不幸だけの人生を送った者たちの想念が邪心を留まらせる。


 それはもはや巨人とは呼べず、子ども程度のサイズでしかない。


『いやだイヤだ嫌だ……死にたくない、生まれたくない。もう二度とあんな思いはしたくない……』


 駄々をこねる子どものように、邪心が頭を振っている。


「今度は、幸福かもしれないだろう」


『そんなことわからないじゃないか!』


「お前らだって、幸せな記憶を垣間見ただろう?」


『幸せ、幸せ……みた、ミタ、見た。楽しそう、だった、嬉しそう、だった、僕も欲しかった、私も愛してほしかった、俺も腹一杯飯が食いたかった、もっと一緒にいたかった、好きなことをしたかった!』


 俺の言葉が届く。邪心は願いを口にする。


「それなら、どうすれば良いだろう」


『どうしよう、どうすれば、どうしたら……生きなきゃ、もう一度、生きるんだ!』


 強く強く言葉が紡がれる。


 願いは魔法となって、それを叶える。


 邪心が光り輝いた。白く白く。


 光の晴れた世界に、邪心は残っていなかった。


「呆気ないな」


『英雄譚なんてそんなものだよ。ある竜殺しは、竜の通り道に穴を掘ってそこに潜み、その上を通った竜の腹を剣で貫くことで竜を殺したというじゃないか。そこには、血湧き肉躍る死闘はない。だけど、当人からすれば、生きた心地はしなかったろうけどね?』


 ソロモンがそんなことを言って、この結末を英雄譚だと褒めた。そういうことにしておこう。


 ……


「おかえりなさいませ、我が君」

「あぁ、ただいま」


 ドラの言葉に、実感が湧く。


 古の邪神、魔術王の負の遺産は取り除かれた。


 世界はこれから数千年間は安泰だろう。


 それでも屍霊の呪いは既に世界の法則として残ってしまった。まぁ、昨日今日のことではない。人類もうまく付き合ってゆくだろう。


 そうでなければ、俺やエリーさんの存在もどうなるかわからないしな。


 部屋へと入り、椅子に深く腰掛ける。


 さて、時間は余るほどあるんだ。


 次は、何をしようか?

 これにて完結。後始末的な話はなんか締まりが悪くなりそうなのでパスします!


 皆様の応援のおかげでどうにか完結させることができました。ありがとうございました!


 拙作は、何もわからぬ頃に書いた作品の残骸を糧に本腰を入れて書き上げた事実上の処女作。まだまだ至らぬ点はありますでしょうが、お楽しみいただけたでしょうか?


 タイトル『屍は黙考する』


 この屍なんですが、主人公のことでもあり、実は邪心のことでもあります。上手く表現できていたでしょうか?


 邪心は黙考し過ぎて、思考の坩堝に嵌って抜け出せなくなったような状態ですね。


 主人公との対話であっさりと抜け出しました。


 えぇ、それでは最後に次回作の予告を。


 次回作は、現地主人公最強モノを予定しており、既に書き溜めを始めております。四月中には、投稿したいところです!


 一応、おっさん系主人公を目指していますが、ちょっと違うかも?


 コンセプトは、騎士道かな?たぶん


 それでは皆様、また、どこかでお会いしましょう!


追記


3/14より、既に新作を公開中!第一部は、完成しており、短いですが、毎日更新しています!


タイトルは『亡国の騎士道』


是非、ご覧ください!

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