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屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第五章 不死の黄昏
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邪心

「なんだあれは……」


 誰の呟きだったろうか。


 龍の姿で近づいてくる俺たちに驚いていた連中から、1人また1人とその先に注目する者たちが現れてゆく。


 イジネたちを背中から降ろし、人型に戻る。


「あれは……」


 いつかの夢で見た真っ黒な汚泥が溢れていた。


 魔王城が倒壊してゆく。ジワリジワリと恐怖が充満する。


「ウォエ……」「ぐっ……」「あ、ああ、ア……」


 吐気を催した者がいた。胸を押さえる者がいた。顔を覆う者がいた。


「総員!星宮獣帯(ゾディアック)に走れぇええ!!」


 その全てを祓うように、アトリンテが大声で指示をする。


「は、走れ!」「はしれ!」「ハシレ!」「急げ!」「逃げろ!」


 弾かれたように人々が戦場を後にする。


「ジャック!一先ずは私たちも!」


 イジネの呼ぶ声が聞こえる。


「……」


 夢の中ではわからなかったそれの正体が、今、わかった。


『個体名:邪心ヤルダバオト Lv.0

 分類:想念集合体

 種族:深淵の怪物(イドラ)       』


『深淵の怪物:混沌の泉の澱み。現在に至るまでの全ての死者の想念の集合体。想念とは、体ではなく、心でもなく、魂ですらない。それは記憶の残骸。互いの記憶が混ざり合い、世界に失望した救済者。全ての不死(テイシ)を望む怨念である。』


 それは、幾百幾千幾万幾億を超えた死の閲覧者だ。そして、だからこそ、死にたくないと願うだろう。


 それは当然の帰結。この世界の生命は輪廻する。


 天父神が生誕を、地母神が死滅を司る。


 そして、混沌の泉とは、死後の魂が洗われる神域。


 これはこの世界の欠陥が生み出した怪物だ。


 魔術王の時代は、未だ死者が少なく、だからこそ邪心は弱く小さかった。


 故に、封印を選べた。


 だが、あれは……


「ジャック!」


 イジネの呼び声を振り切り、魔王城跡地まで飛び出した。


『コポッコポッ……』


 汚泥が泡立つ。


 それは目的を持って、動いている。ただ、溢れているわけではない。


 やがて、形造られたのは、ヒトだ。


 当然だろう。最も強く複雑な想念を持つ生命は人なのだから。


 それの表面には、無数の顔があった。


 嘆いている。願っている。狂っている。


 そんな顔でカタチを持った巨きなヒト。


『其は救済者。其こそは、世界を完成させる者。(セカイ)は間違っている。正しくない世界に、正しき原理を刻み込もう』


 老若男女の様々な声が混ざり合って聞こえた。


『死の概念を廃して、世界を不死(テイシ)へと導かん』


 元より有限の世界に無限のチカラなど存在しない。


 俺の哲人石(ラピス)はおそらく、異世界のエネルギーを流入させることで無限なように見せているに過ぎない。

 人型の生命規模の存在が使用するエネルギーならば、世界規模のエネルギーを供給すれば充分以上に事足りる。


 不滅の概念はだが、無限だ。しかし、それは前提が違う。不滅の無限は、心や魂などあくまでも精神概念上の無限だからこそ成立している。精神活動を行う存在が消えれば、不滅もまた虚無となる。


 邪心ヤルダバオトの目的は、有限の物質世界における不死。肉体の不死だ。なぜなら、彼らは生命であり、生命であるためには肉体が必要だからだ。


 そして、無限は不可能だ。だからこそ、彼らは停止を目的達成の手段とした。


 無限ではなく、零の世界を再び創世しようとしている。


 そして、邪心ヤルダバオトに限れば、それは既に達成されている。レベルの表記が0なのだから。


 あれは既に、有限でも無限でもなく、不変の零なのだ。


 渇望王の器を満たせば、「負の無限」としての不滅存在になると思っていた。それならば、勝つ手段もあったはずだ。


 だがこれでは……


 時空魔術【時空斬ディメンション・ライン


 時空ごと両断した。されど、影響はない。


 精霊魔術(シャーマニズム)虹の裁き(レインボー)


 あらゆる精霊の力の結晶が、それを貫いた。されど、影響はない。


 神聖魔術(サクラメント)聖天の霹靂(ケラウノス)


 究極の聖雷がそれを焼いた。されど、影響はない。


 死霊魔術(ネクロマンシー)死神の指先ガンド・オブ・ザ・デス


 死の烙印で呪った。されど、影響はない。


 占星魔術(アストロロギア)月鏡の光(ルーナ)


 真実を暴露する月光が降り注ぐ。


 されど、そこに嘘は無い。


 どれもこれも最大の威力を誇る大魔術だ。


 邪心ヤルダバオトはこちらを見ない。


 ただ、ゆっくりとチカラを練り上げていた。

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