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屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第五章 不死の黄昏
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勝利

「あ?」


 勇者と魔王の様子に意識が逸れたファントムの首を斬り飛ばした。

 何が起こったのか、それがわからずに間抜けな顔をして、嗤った。


「無駄だよ無駄。我は結局のところ、駒に過ぎない」


 傲慢なはずの真祖が自らを駒と表現したことは不吉であるが、俺はそれに取り合わず、奴の身体を夜刀姫で貫いた。


 血魔法【血喰(ブラッド・イーター)


「クク……クハハハ……アァァハハハハハ!」


 哄笑の余韻を残しながら、ファントムは呆気なく灰塵と消えた。


 マサミチに向き直る。


「我の勝ちだな、勇者よ」

「ガハッ……」


 勝利宣言をしながら魔王は油断無く、マサミチに突き刺さる魔槍を捻った。

 臓腑へのダメージに、マサミチが吐血する。


『マサミチ!?』


 イルの悲痛な叫びに、マサミチは笑みを浮かべた。


「大丈夫だ、イル。まだ、負けちゃいない」

「ほう、この状態でどう逆転するつもりだ?」


 普通ならば、ただの負け惜しみだ。


 だが、かつて見た勇者の固有特性を思い出す。


 魔力の流れを見れば、未だそれは世界に干渉を続けていた。


 聖剣の鞘(アヴァロン)が勇者の死を否定し続けている。

 そして、約束する勝利の聖剣(エクスキャリバー)の勝利の魔力が新たなチカラを呼び覚ます。


 神剣が光りを放った。


「なっ!?」


 次の瞬間には、立場が逆転した。


 魔王の心臓に、光の槍が突き立っている。勇者の方は、全くの無傷。床を濡らす血だけが先程の光景が幻ではないことを示していた。


『固有特性:勇者

 ・逆転する勝利の聖槍(ロンゴミニアド): かつて、騎士王が聖剣とその鞘を失い、窮地に立たされた際に振るった聖槍。一度目は敵を貫き、二度目は相討ちの宿命を負う。』


「見事……」


 魔王は賛辞を述べて、その肌を人のものへと変化させた。


「グワァアア!!?!」


 その背後からゆらりと現れた。吸血姫がその首筋に牙を突き立てた。


「なっ!?」

「マサミチ!こっちへ来い!」


 驚愕に動きを止めるマサミチを呼び寄せる。マサミチは、半ば反射的にこちらの言葉に従って、後方に跳んで距離を取り、こちらに駆けてくる。


 くびれた腰まで伸びた艶やかな銀髪。白皙に色を添えるのは薄く弧を描くぷっくりとした紅色の唇。長い睫毛と二重瞼、それにより大きく綺麗な優しげな瞳。その瞳の色は、血のように真っ赤だった。


 そこにいたのは、ファントムの伴侶、クリスティーヌだった。


 すっかりと血を吸われ、枯れ果てた魔王の亡骸を、細身の美女は無造作に投げ捨てた。


 口端から溢れる血の色が嫣然とした魅力をつくる。


「【血液操作ブラッド・コントロール】」


 それを拭いながら、クリスティーヌは吸血鬼の基本魔法を発動させる。狙いは当然、床を濡らす勇者の血。


 それを無防備に眺めている時点で、俺は彼女の術中に嵌まっていた。


『個体名:クリスティーヌ・ブラッドオペラ Lv.50

 分類:不死者(アンデッド)

 種族:吸血姫(マザー・ヴァンパイア)               』


『吸血姫:吸血鬼たちの姫君。彼らの王を産むための母体。戦闘能力は他の吸血鬼よりも低いが、その分、搦め手に長ける。中でも、魅了の魔眼は、どんな存在も抵抗できない。』


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 俺は一度、彼女と目を合わせている。


 そもそも、魅了されるとは何だろうか。洗脳ではない。ただ、優先順位が変わるだけだ。


 恋人は果たして、愛する者に絶対服従するだろうか。いや、しない。


 魅了されるとは、対象の幸せを願うことであり、それは必ずしも対象の願いに沿うとは限らない。


 俺は、俺の考える価値観(しあわせ)で行動することに制限は課されない。だから、クリスティーヌの意に反する行動もできる。


 ただ、一つだけ制限される行動がある。対象を傷つけることだ。


「ふふふ……これで勇者と魔王の血を手に入れたわ。不足分もどうにかなりそうね。とはいえ、本当にギリギリだわ。やってくれたものね?」


 勇者の血も啜り終えたクリスティーヌが静かに語る。


 戦争の場に残した目を通して、捕らえられた吸血鬼たちの干からびる様子が確認できた。


 軍議の場で姿を現したエキドナだが、彼女は魔族側との共闘を提案した。敵将イブキはすでに吸血鬼たちの企みに気づいており、人族と好んで敵対するつもりはない、と。


 果たして、その話は事実だった。エキドナの部下の案内でその場に現れたイブキと俺は契約の血魔法を交わした。


 人類と魔族の戦争は、魔化物との殺し合いこそしていたものの、それ以外は茶番に過ぎず、紛れ込んでいた吸血鬼たちの始末に奔走した。


 だが、それでも足りなかった。何故か。


 限られた者にとっては茶番であっても、魔族との戦争は一大事だ。幾らかの戦力は残るものの、多くは戦場に集中する。

 暇を見ては潰していたが、市井に紛れた吸血鬼もまた、いたのだろう。


 そして、誰も不死者の価値観など理解できない。俺だってまだ生まれて間も無く、人類の価値観の記憶も強い。

 真っ当な者には、想像がつかなかったのだ。勢力を保つ必要の無い、生き残りの必要の無い計画と目的が。


 目的達成の後に、それを継続する必要の無い計画とは何なのだろうか。


「でも、私の勝ちね」


 クリスティーヌは、無邪気に邪悪な聖母の微笑を浮かべた。

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