惑いの森
「……?」
ラヴァは唐突な変化に疑問に思った。エキドナのチカラへの対策のため、視界は無く、そのようなところで、イジネが森と化したことに気づくのは無理であるからして、まず、脚を絡め取られた。
「ッ!?」
咄嗟に、上昇しようと竜翼を羽ばたかせるものの、高度は全く上がらなかった。
それもそのはず、ラヴァの脚を拘束したのは、大樹の太枝で、それが蔓蔦のようにラヴァに巻きついている。大地にしっかりと根を張った巨木の重さも相まって、竜魔族の膂力をもってしても、容易には引き剥がせない。
勿論、それは所詮、ただの植物にすぎない。
邪竜魔法を纏った片腕を、ラヴァは太枝の拘束に振り下ろした。あっさりと切り離された太枝が力無く地に落ちる最中、次なる攻撃がラヴァを襲う。
「ちっ!」
軽く千を越した数多の葉っぱ。それが刃となって、ラヴァの鱗を削る。
「カァアア!」
ラヴァは思わず息吹を放って、葉刃を退けた。
「ッ!?アァ!!ウゼェ!!!」
息吹の隙をつき、今度は四肢それぞれに太枝が巻きついた。太枝は確かに!ラヴァの膂力に打ち勝ち、その高度を徐々に下げてゆく。
「【負蝕】!」
ラヴァが邪竜魔法を行使する。ラヴァの身体から瘴気が吹き荒れ、太枝をボロボロと崩壊させる。
拘束から抜け出たラヴァであったが、すでにそこは森の中であった。
ラヴァは空に舞い戻ることを試みた。しかし、森の天井は枝葉に覆われ、それに手こずっている間にまた、拘束されて引き戻される。息吹で穴を空けようと一瞬で再生された。
「チッ」
何度目かの挑戦。繰り返されることに油断が生まれていた。セイの神聖魔法に気づくのが遅れる。
「ッ!?」
なんとか身体を捻り、急所を外す。そして、ようやく捉えた敵を追いかける。
「待ちやがれェエエ!!」
あまりにもお粗末にすぎる。いくら邪竜魔法の影響で、精神に昂揚があったのだとしても、ラヴァは当初、イジネの切り札を知っているかのような口振りがあった。もしくは、切り札があることを知っているだけだったとしても、魔王国軍の四天王の地位にある男が、この森に対して疑問に思い、その対策を優先しないなどあるのだろうか。
「憐れねぇ」
エキドナが白い花の匂いを楽しみながら、そう言った。
『よく嗅げるな。それが原因だとわかっているんだろう?』
森そのものと化したイジネの【念話】が、エキドナの脳に響く。
「えぇ、私は視覚から惑わすけれど、貴女は匂いで惑わせるのね?」
『……一緒にしないでもらいたいな』
「あら、つれないわねぇ」
イジネはエキドナから離れ、意識をラヴァに戻した。
「どこ、だ?ど、こに?……なに、お、れは何して、る?」
すでに、セイを見失い、それどころか、森の中心に誘い込まれていた。
そこは花畑となっていた。四季折々の花々が、季節感を無視して咲き乱れている様は、美しくもあり、どこか不気味でもあった。
「心地よい……」
遂に、ラヴァは花畑にその身を委ねた。
花粉を媒体とした魔法の毒に負けたのだ。
ラヴァの安らかな寝息が聞こえてくる。その身体を蔓蔦で雁字搦めに包み込み、既に遺体となったそれを地中に引き摺り込んだ。
「こっちは終わった。セイ、お前はジャックの元に行け」
「チッ!」
イジネは森から元の美しい森妖精の姿に戻り、セイを送り出した。




