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屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第五章 不死の黄昏
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横の戦場

「ぁ……」


 帝国国境上の星宮獣帯。誰かの惚けたような音が風にさらわれた。


 主戦場である獣王国国境と時を同じくして、魔王国の軍勢が迫り来ていたそこにあるのは、理解の外にある出来事だった。


 『剣聖』コジロウ・ジークムント


 武仙国家ミズホ出身の母と帝国出身の父との間に産まれ、『猛女』や『灼王剣』をはじめとした名だたる冒険者たちとともに時代を駆け抜けた猛者。当時、彼らは英雄世代(アルゴナウタイ)との総称で持て囃された黄金世代。


 そして、『剣聖』はかつて、『猛女』とともに最強の座を争った人物である。

 その決着を待たずして、『剣聖』は冒険者を引退。帝国の剣術指南役に納まった。


 『猛女』は好敵手の引退に沈黙を貫いた。これは国家に所属した『剣聖』が最強の座を認められたならば、武力均衡の崩壊に繋がるための配慮であって、すでに『猛女』は『剣聖』を認めていたのではないかとのもっぱらの噂であった。


 その噂、あながち嘘ではないかもしれない。


 この場にいる者たちの感想であろう。


 ただ一人、砦の外に出て『剣聖』は佇んでいる。


 鬼人族が操る妖鬼の群れは、その姿に愚か者を見て、惨虐な笑みを浮かべて、脚の動きを速めた。


 そして、斬首された。


 『剣聖』は未だ動かず、否、動いたようには見えず、ただ、斬首されたという結果が見える。


 間合いはあるらしい。だが、『剣聖』の佩く刀の間合いではない。届くはずのない距離。されど、死の領域は確かにそこにあった。


 前方の数十匹がやられた程度、そのすぐ後ろが怯えようと、さらに後方はそもそも何が起きたかなど知らず、猛進を続ける。


 そして、また、首が飛ぶ。


 いつの間にか、『剣聖』が三人いた。


 妖鬼の群れに対して、左方、中央、右方と間合いに納めるために移動したのだろう。そして、速いわけではない。残像ではあるが、常に移動しているのではない。

 最適な動きで三方に動き、その動きを無意識に追うが故に、三人に見えた。それだけである。


 『剣聖』はとかく迅い。


 控えの者たちの出番はなかった。


 ……


 ところ変わって、王国国境上の星宮獣帯。


 こちらは、『賢者』が妖鬼の群れに無双をしているはずなのだが……


「……誰じゃ、あれは?」

「さぁ、誰でしょうか?」


 戦場の左方、鮮紅の長髪が舞い踊る。美しき妙齢の女が戦場にて拳を振るう。

 戦場の右方、艶紫の長髪が舞い踊る。可愛らしい幼女が戦場にて刃を振るう。


 互いに、一歩も譲らぬ戦果を挙げていた。


「あの……」


 呆然としていた『賢者』の元にか細い呼び声が届く。そちらを見れば、黒髪の少女がいた。


「どうしたね、お嬢さん?」


 戦場に似合わぬ存在ではあったが、この世界で見た目はあまり当てにならない。長き時の中でそれを知る『賢者』は取り敢えず、少女の言葉を促した。


「あそこで戦ってるのは、私のお母さんとヤトちゃんで、えっと、ジャックさんの関係者で……」

「あぁ、なるほど。では、あの方はエリーさんで良いのかな?」

「はい、そうです。すいませんすいません!母が勝手してすいません!」


 王国の隣にある大森林。そこに居城を構えるおかしな吸血鬼の関係者と聞いて、『賢者』はすぐにピンときた。

 そして、常識人なのだろう娘の謝罪を微笑ましく見て、壊れた人形のように何度も頭を下げる様子に慌てて止めに入る。


「良しなさい、もうわかったから。大丈夫じゃ、問題はない。妖鬼の群れはしっかり倒されておるのじゃから」

「はい、そう言っていただけて、ありがとうございます」


 若干、涙目の娘を憐れみながら、『賢者』はしばらく静観することとなった。


 ……


 開戦、少し前。聖夜城。


「ねぇ、暇ねぇ」

「暇ねー」


 エリーさんがヤトを抱き枕にしてソファにゴロゴロしながら、そんなことを言った。それに続いてヤトも真似する。


「もう、お母さん」

「だってねぇ?」

「ねー?」


 娘のカーラに嗜められるものの、ヤトを巻き込んで反省しないエリーさん。


「なんじゃ、エリー。暇なら外に出れば良かろう。あちきと違って、問題はないんやから」

「外に出るのじゃ?ヤタカも連れて行くのじゃ!」

「バカ言わんので、なんしはあちきらと留守番や」

「嫌じゃー、ヤタカも外行くのじゃー!むごご」


 シュテンが口を出せば、ヤタカがどこからかやってきて首を突っ込む。そして、シュテンの糸で雁字搦めにされた。


「うーん、それじゃあ、外に行こうかしら?ララちゃん、あとよろしくね」

「畏まりました」


 ヤタカの熱視線を華麗に無視しながら、エリーさんたちは外に向かう。そして、戦場の噂を聞きつけ、飛び入り参加を決めたのだった。

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