表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第五章 不死の黄昏
124/139

開戦

 星宮獣帯、獣王国国境。砦の天井にある魔術や弓矢を放つための場所。そこに幾人かの者が固まって佇んでいた。


「準備は良いな?」

「「「はっ!」」」


 視線の先に、魔王国軍の威容を捉えながら、立派な白髭を蓄えた老爺が、弟子たちに確認する。弟子たちは、それに即時、応じた。


 老爺の名は、ムドデ・イルーリン。人類圏の最高学府、魔術学院の院長を務める人物であり、魔術階級は事実上の最高位、第二階級 偉人(グレイト)。これは現代においては、三偉人として三人しか存在しない階級。残りの二人の内、一人は王国の『賢者』であり、もう一人は行方を眩ませている。


 魔術師として、魔道士として、最高峰のチカラを有する彼が得意とするのは、召喚魔術(レメゲトン)


「では、始めよう」


 ムドデの言葉に、空気が変わる。


 彼らの魔力が練り上げられ、研ぎ澄まされる。


 やがて、詠唱が厳かに始まる。


「かつて戦場で雄々しく果てし英霊たちよ」

「「「汝、我らを救い給え」」」


聖府(ヴァルハラ)に仕える麗しき戦乙女たちよ」

「「「汝、我らを憐れみ給え」」」


「黄昏はまだ遠く されど今ここに来れ」

「「「どうか、我らの願いを聞き届け給え」」」


「「「「我らが敵を討ち果たし いつかの鍛錬とするがいい!」」」」


 彼らが詠うたびに、神聖な波動が辺りを覆う。やがて、最後の一節をぴたりと詠いあげれば、澄んだ青空に広がる巨大な魔法陣。


 それは異界へと繋がる扉。そして、彼らが繋げたのは天界。


 魔法陣は光を放ち、ゆっくりと扉を開ける。


「【聖天大門(ヴァルハラ・ゲート)】」


 ムドデが魔術名を呟けば、最後の鍵が開かれる。


 光り輝く扉の向こうから、星の極光を鍛え上げた煌輝兵装(チャスマティス)を身に纏った麗しき戦姫(ワルキューレ)と猛る勇士(エインヘリヤル)の軍勢が姿を見せる。


 これこそが、ムドデ・イルーリンの大魔術。


 軍勢には軍勢をぶつけることが正道。しかし、その軍勢を魔術で召喚するが故に、事実上、一人で軍を破る者。


 『破軍』の異名を与えられし魔術師である。


 ……


 戦姫と勇士が陣形を整えた頃。マサミチたちは、魔王国領側に続く砦の門の前にいた。屋内であるため、外の様子はわからない。


 しかし、俺は魔力によっていくらかの状況を把握していた。


「どうだい、ジャック、外の様子は?」

「もう間も無くだろう。ムドデの爺さんの魔術は展開された」

「そうかいそうかい、しかし、あの人も老いたね。大魔術とはいえ、弟子の力を借りなきゃならんとは」


 アトリンテが沁沁とそんなことを言った。どうやら、ムドデと親しい付き合いがあるようだが、こいつ、若々しく見えて何歳なんだ?


「もうすぐか……気を引き締めねば」

「ガハハハハ!なるようにしかならんぞ、嬢ちゃん!気楽に行こうや!」

「い、いえその……」


 背後では、アナスタシアとレオニダスがそんなやり取りをしていた。


『しっかり着いて行くわよ、マサミチ』

「……」

「マサミチ?……マサミチ!」

「え?どうかしましたか、イジネさん」

「いえ、イル様の言葉に反応がなかったものですから」

「?イル、何か言ってたの?」

『ふん、知らない!』


 さらに後ろでは、緊張したマサミチが神剣の機嫌を損ねていた。それをイジネがどうにかフォローしようとするが上手くいっていない。


『『『オオォォォオオオオ!!!』』』


 各々がそれぞれの様子で時を待つ中、ようやく外から雄叫びが聞こえる。


 魔力を感じるに、戦姫、勇士も突撃した。


「始まった」


 誰かがポツリと言った。


 ……


 『鬼謀軍師』イブキ・アラハバキは、閉じていた瞼を開く。

 目の前には、自らが預かる魔王国軍の威容。その先には、難攻不落の砦。さらにその上空には、『破軍』の軍勢が陣を敷いている。


(あいつは上手くやっただろうか?……黒騎士は焦っている。そう感じたのは、正しかったのだろうか?……陛下、俺はこれで良かったのだろうか?)


 自問自答。正しいと信じた選択をもう一度、精査する。そして、かつての恩人の願いを思い出す。


『国を守れ、民を守れ。私の代わりなどいくらでもいる。イブキ、ーーーこれが真実だ。この宿命を断ち切った時、ようやく、この国は王を迎えることができるのだ』


(俺にとっての王は、陛下だけだった。故に、貴方の願いを叶えましょう)


 イブキは立ち上がる。


「全軍突撃!」

「「「全軍突撃!」」」


 彼の号令に、伝令たちが角笛を鳴らす。


 前面に配置されているのは、魔化物。イブキをはじめとした鬼人族は、小鬼(ゴブリン)蛮鬼(オーク)といった妖鬼に分類される魔化物を支配するチカラを宿している。そのチカラを用いて、損耗しても痛くない兵士を用意できるために、前線を任されるのだ。


 魔王国軍はすぐに、人類側の遠距離攻撃の射程範囲に入った。


 そして、遂に戦争が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ