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屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第四章 勇者と神子と神匠と
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神匠

「ここだ」


 コジロウの旧友らしい比較的歳を経た山妖精、ガンダに案内されて、俺たちは山妖精の里の最奥だろう工房にいた。


 工房の中では、おそらく最精鋭であるのだろう山妖精たちが一心不乱に、自らの作品を手掛けている。工房内に施された宗教彫刻が如き芸術細工に感嘆の声を上げるマサミチたちの声にも気づかぬ様は、まさに魂を賭けたような姿であった。


 彼らの間を渡りたどり着いたのは、巨大な空間であった。屋内であるはずなのに、空には太陽と青空までも実在している。明らかに魔術的な空間だった。


 実在している土壌を耕している一人の山妖精がいた。だが、その山妖精の存在感は他の山妖精とは一線を画している。


 霊位山妖精(ハイ・ドワーフ)だ。


「来たか」


 落ち着き払った声は、どこぞの霊位森妖精とは違い、人の上に立つ存在としての覇気がこもっていた。


「ガンダ、ご苦労だった、下がれ」


「わかった」


 山妖精に敬語の文化はないらしい。ガンダはざっくりと返事をして、ドシドシといった感じで去っていった。


「儂が当代の神匠ファフニールである。我らが神、創造神(デミウルゴス)の託宣に従って、汝の剣を鍛え上げよう、異界の勇者よ」


 大声を出しているわけではない。だが、腹に響くような重みのある声で、ファフニールはマサミチにしっかりと目を向けて口を開いた。

 威圧に似たそれに気圧されたマサミチは、それでもゆっくりと俺たちの前に一歩踏み出して、神匠に向き合った。


「よろしく、お願い致します」

「うむ。それで、材料はどこだ?」


 マサミチの言葉をあっさりと流して、山妖精らしく神匠は早速、仕事に取り掛かった。


「これとそれだ」


 俺は亜空の小袋から、ネブカの鱗を取り出し、次いで、イルを指差した。


「何よ!その扱いは!」

「まぁまぁ、イル様。ジャックにも悪気があるわけでは」

「だからって、粗雑に扱われても黙っていろと言うの!イジネ、あなたはどっちの味方なの!」


 いつもならば、ここにマサミチも加わってイルを宥めるのだが、今回はそれがなかった。聖龍鱗を矯めつ眇めつして、自然と口角を吊り上げている神匠を傍目に様子を窺えば、まるで今気づいたかのようにイルを見て呆然としている。


 キーキーと喚いていたイルもそれに気づいて、訝しげに問いかけた。


「どうしたの、マサミチ?」

「いや、ここで君と別れることになるのかと思うと、少し……」

「?」


 マサミチの言葉に、イルは首を傾げる。


「ねぇ、マサミチ。あんた、何か勘違いしているわ」

「え?」


 俯いていたマサミチが、間抜けな顔を上げて見せる。


「材料になったって、私は消えたりしないわよ。あなたの剣の精霊となってどこまでもついていくわ!」


 腰に両手を当てて、堂々とイルは言い放った。


「えぇ!?」


 一人しんみりとしていたマサミチは当然、驚愕の声を上げる。しかし、こちらの世界の住人からすれば、これは当たり前のことなのだ。世界の意思たる精霊が本当の意味で死ぬことなどあり得ない、そんなことがあったとすれば、それは世界が死ぬ時なのだ。

 とそこへ、空気を読めない、いや、読まないのだろう神匠が声を掛ける。


「おい、勇者、剣を貸せ」

「ぅえ?」

「早くしろ」

「あっ、はい」


 素っ頓狂な声を上げたマサミチに、神匠は何の感想もなく、ただ要求への応答を急かした。それに、思考の止まったマサミチは素直に従い、腰に佩いた剣を鞘ごと渡した。


「……」


 じっくりとっくり、鋒から柄頭に至るまで舐めるように観察して、一つ頷くとマサミチに突き返した。


「振ってみろ」

「?」

「剣に決まってるだろうが、早くしろ」

「はい!」


 淡々と剣を鍛えるためなのだろう要求が、神匠の口から吐き出される。どこか、苛つきを感じさせるようなそれにマサミチは素直に従った。


「よし、もういい」


 しばらくマサミチの剣捌きを確認した神匠が言った。それから、ゆっくりと辺りを見渡して、俺に目を留めた。いや、正確には夜刀姫に、か。


「おい、吸血鬼。その嬢ちゃんを見せろ」


「……ヤト?」

『構わない、よ?』


 可愛い娘は、俺の問い掛けに了承の意を唱えた。俺は腰から夜刀姫を外して、ファフニールに差し出す。


「丁寧に扱え」

「当たり前だ」


 俺の言葉に間髪入れず答えた神匠は、夜刀姫を確かに丁寧に扱った。


「……良い出来だ、流石に吸血鬼の剣だな」


 その言葉に、疑問が浮かぶ。夜刀姫を受け取りながら、俺は問い掛けた。


「まるで以前にも、吸血鬼の剣を見たことがある言いぶりだな」

「あぁ、あるぞ。腕の立つ男だった、それで呪われた剣をくれてやった」

「金髪だったか?」

「さて、な。だが、仮面をつけていたのは覚えている」


 ファントムだ。曲がりなりにも神匠に認められているんだ、その辺の木端どもではあり得ない。しかし、この爺い、腕が良ければ、それ以外は興味なしか。


「どんな、呪いだ」

「使い手の生命すら貪り喰らう求血の妖魔剣(ダーインスレイヴ)。吸血鬼には、お誂え向きだろう?」


 それは狂戦士の剣の名だ。あの時、ファントムから奪ったのは、グラム。やはり、本気ではなかったらしい。


「よし、それじゃ精霊樹の娘は植ってくれ」


「わかったわ」


 神匠の言葉に、イルはあっさりと返答し、最初、神匠が耕していた土壌の上に立つ。そして、あっさりとその姿は大樹に変じていった。

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