夜の平穏
ザッザッと足音を立てて、こちらにやってくる影があった。
その男は、クズハの死体の側で止まり、しゃがみ込む。
「そうか、ようやっと死ねたか……」
男は死体を仰向けにして、手を組ませた。
空気を読まない連中が俺を囲う。
リーダーなのだろう、一人の男が前に出た。
「吸血鬼……」
「吸血人ならば、わかるはずだ。俺はあんたらが憎むべき吸血鬼ではない」
吸血鬼狩りたちの反応は二つ。吸血人たちには戸惑いがあり、それ以外の者たちは変わらぬ憎悪がある。
「……」
暫しの沈黙。だが、感情で動いている連中だ。待てない者がいる。
「死ねぇ!!」
「っ!?待て!!」
リーダーの静止の声は届かない。一人が動けば、波紋が広がるように他の者も動き始める。
霊銀製の刃が振り下ろされる。
一つ、二つ、三つ……
それらを夜刀姫で弾くものの、終わりが見えない。
まず、動きを封じるべきか。
占星魔術【重圧】
「ぐっ……!?」「ぐぉ?!」「ぐぇ……」「なにっ?!」
星の力が吸血鬼狩りを地面に這いつくばらせる。
「あんたらじゃ勝てねぇ、帰れ」
「……殺すっ!!」「それがどうした!!」
撤退を促してみたものの、やはり、返答は罵倒や殺意、反抗心ばかり。
「……やめなさい」
「シトナ、目を覚ましたのか!?」
「シトナさん!」「姐さん!」「お姉様!」
そちらに目をやれば、未だ拘束されているシトナ・イカームの姿があった。その隣には、小柄な女がいる。
「おい、さっさとこれを解除するね。もう、戦意はないね」
独特の訛り。よく見れば、魔剣大会で見た小山人の冒険者、『静謐』のコヅネ・ヤクノであった。
その言葉に従い、シトナの拘束を解いた。
拘束を解かれたシトナは立ち上がり、吸血鬼狩りたちの視界に入る位置にくる。つまり俺の隣だ。
「皆も見たでしょう。彼は神聖魔術を行使した、そうである以上、彼に怪物性はない」
「しかし!」
理屈の上ではわかっている。だが、吸血鬼というだけでもはや、憎悪の対象となっている者だっているのだ。
「やめなさい。私たちの目的は、夜の平穏だということを忘れたのか」
強い口調に、吸血鬼狩りたちは口を噤む。
「私たちは撤退しよう。拘束を解いてはもらえないだろうか」
俺のほうを振り向き、シトナは跪いた。
俺は拘束を解いた。
それに気づいて、ゆっくりと吸血鬼狩りたちが立ち上がる。
「感謝する」
「〔夜狩機関〕、撤退だ」
リーダーの号令に従い、一人また一人と夜闇に紛れて消えていく。
「……シトナ」
「私は残ります。冒険者としての役割もありますので」
「わかった」
最後にリーダーが去り、シトナは俺に礼をすると、コヅネの方に歩いていく。
入れ替わりに、クズハの冥福を祈っていた男が近づいてくる。
こちらは魔剣大会の時に戦った龍人、『龍槍』リシ・ヨブニータだった。
「礼を言おう、月下の。儂では、止めることはできなんだ」
「成り行きだ。礼はいらん」
「そうか……」
リシは目を瞑った。様々な想いがあるのだろう。
「弔い火を焚いてくれんか。クズハ嬢には身寄りがない。師や兄弟弟子たちも、彼女を止められず死んでしまった」
「……わかった」
神聖魔術【鎮魂火】
クズハの死体に、青白い聖炎が灯る。
ゆらゆらと揺れる聖炎はまるで、機嫌良く尾を振る狐のように見えた。
やがて、すべてを天に還して聖炎が消える。
残ったのは、斬り飛ばされた『魅刃』の刀身。
リシはそれを手に取り、粉々に砕いて、風に攫わせた。
「さて、今日は休め。明日、迎えを寄越す。ミズホのお偉いさんに会ってもらうぞ」
「まぁ、そうだろうな」
俺はゆっくりと旅館に戻る。
「逃げるなよ」
リシの言葉に、手を振って応えた。




