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屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第四章 勇者と神子と神匠と
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外道

 俺に接近されようとしているシトナは、バックステップで距離を取りながら、弓を構える。


「水よ 大いなる水よ 水君(ウィンディーネ)

 汝 何ものにも妨げられぬ 流れをつくれ

 すべてを押し流し 我が眼前の敵を捕らえよ」


 魔術の矢は氷ではなかった。それは、俺が唯一克服できていない吸血鬼の弱点。


「【濁流(マディストリーム)()(アロー)】!」


 穢れを押し流すために自らに取り込む水流の矢が襲い掛かってきた。


 吸血鬼である以上、これに捕まってはならない。


 取り敢えず、空へと逃げてみる。だが、案の定、濁流は追いかけて来た。


 あまり時間を掛けてもいられない。


 血魔法【凍血】


 夜刀姫から放たれた血の雫が濁流に触れる。その瞬間、濁流は瞬く間に凍りつく。


「なっ!?」


 シトナの口から驚愕の声が漏れる。


 濁流は魔力で形成されたもの。それに他人が魔力で干渉するのは、至難であるのだから仕方のないことだ。だが、それは隙となる。


 神聖魔術(サクラメント)十戒光束(ホーリー・バインド)


 十の光輪がシトナを捕らえる。


「馬鹿な!?」


 それは、自分が捕らえられたことにか、それとも吸血鬼が神聖魔術を扱ったことにか。


「少し寝ていろ」


 俺はシトナの頭に触れた。


「くっ……ま…………」


 抵抗を試みたものの、シトナは意識を手放した。光輪を操って、仰向けにして、お仲間の方に移動させて地面に降ろした。


 ……金属音。シトナに意識を向けている間に、狐面の背後からの一撃。俺は振り返らずに夜刀姫を合わせた。


 すぐに狐面が離れた。


 俺は振り返る。


 そこには、狐面が佇んでいた。


「剣の癖が隠せていないな。あんたは、『魅刃』、だろ?」


 刀を持たぬ左手で、彼女は狐面を外した。


「おまえさんとは剣を合わせていないはずだがのぉ。よくわかった、『月下の魔剣士』殿」


 その顔はやはり、魔剣大会の時に見た顔だった。

 獣王国の白金級冒険者クズハ・ホワイトテイル。


「吸血鬼ではないようだが、目的は?」

「ククッ、不死を求めるのは、生命として当然のことだろう?」


 弟くんは今もクズハの側に浮遊している。彼女の目的が、それに関わることは明らか。不死など求めちゃいないだろう。だからといって、蘇生も違う。


「それが欲塗れの人がする目か?」

「そうだなぁ、私もあのクソどもと同じにされるのは嫌だ」


 それは吸血鬼たちのことではないだろう。傲慢で強欲などうしようもない俗物の人々を指してのことだろう。


 いつの間にか、彼女の尾が増えていた。


 九本。まるで京の都を脅かしたとされる妖狐のように、妖艶な雰囲気が立ち昇る。


「剣というのは、殺人の道具だ。目的も無く振るうことは許されない」


 それは憎悪だ。それは悲嘆だ。


 彼女が蘇生を望まないのは、自身が殺人者だからであり、既に、復讐を果たしたからだろう。


 パキンッと左手に握られていたお面が割れる。バラバラと残骸が風に吹かれて消えていく。


「だが、私は師の教えに背いた、背かざる負えなかった」


 納刀。クズハは抜刀の構えを見せた。


 故に、俺もそうした。


 弟くんを見る。頷いた。


「舞闘流活人剣、外道、クズハ・ホワイトテイル」

「我流、『月下の魔剣士』、ジャック・ネームレス」


 彼女は、道を踏み外したと自ら名乗った。


 護るための剣を復讐に使った。


 行き場のない憎悪を、解放するために使った。


「「……っ!」」


 勝負は一瞬。傍目には、すれ違っただけに見えるだろう。

 双方、既に納刀していたのだから。


 宙を回った刃片が双方の中央に突き刺さる。


「見事……」


 死に場所を求めた剣鬼は、吐血した。


 弟くんはいつの間にか消えていた。


 ……


 ここは……?


『姉さん、姉さん』


 セイ、メイ?


『ごめんね、ごめんね、苦しかったよね。僕があんなチカラを持っていたばっかりに』


 あぁ、良いんだ、私が勝手にやったことだ。お前が気に病む必要はないんだ


『けど……』


 お前の、お前の占星魔術(アストロロギア)でも、わからなかったことなんだろう?


『だから、それは……!?』


 言うな、未来なんてわからないほうがいいんだ。お前の判断は正しかったよ


『ありがとう、姉さん』


 あぁ、こちらこそ待っていてくれてありがとう。さぁ、行こうか


『うん』

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