三つ巴
深夜。何処からか、虫の鳴き声を聞きながら、縁側に腰掛けていた。
空には、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべた三日月が輝いていた。
マサミチたちは、すでに布団を被って眠っている。
「気づいたか」
「えぇ」
コジロウが側に立っていた。
「ここは任せる」
「はい、お任せを」
ゆらりと立ち上がる。静かに、その場から飛んだ。
……
勇者一行が泊まった旅館は、仮面を付けた集団に囲われていた。
白いシンプルな仮面の中で、一人だけ狐の面を付けた者がいる。ミズホの和装に身を包む狐面が、合図を送った、その瞬間。
別の集団が襲いくる。
「チッ」
狐面の舌打ち。その背後に迫る氷の矢。
くるりと振り返りながら、抜刀。初撃を打ち払う。
俺は、空よりその背に急襲した。
「ッ!?」
悪寒でも感じたか、狐面が前方に走り抜ける。
空を切った夜刀姫を地面スレスレでとどめて、低空飛行で狐面を追った。
脚と翼。その差は歴然。
狐面もそれに気づいて、横に跳ぶ。狐面が外れたことで、その先にあった氷の矢が俺に迫る。慌てはしない。魔力の反応はあった。すべて切り払い、止まった。
狐面の気配が夜闇に紛れた。
頭上より迫る幾十の氷の矢。前方に飛べば、左より迫る狐面の唐竹割。速度を上げる。狐面は空振り。その勢いのまま、駆ける。
っ疾い。
背後より、狐面の横薙ぎ。宙返りしつつ、上下逆さまの姿勢で、夜刀姫を合わせた。
狐面は、迫り合いをする気がないらしい。刃を滑らせ、俺の側を走り抜ける。また、夜闇に紛れた。
背後より魔力反応。
片手を地面につけ、押した。その反動で氷の矢に向き合う。
占星魔術【月鏡結界】
俺を護るだけなので、あの時より規模は小さい。
魔力を稼ぐ必要もないので、シンプルに氷の矢を跳ね返す。
砂を軋ませる音。狙撃手が動いた。
「【氷華の円盾】!」
狙撃手に迫った狐面の刃は、魔術の盾に防がれる。矢のように放たれる盾に、狐面は押される。
「『氷麗姫』?何故、あんたが」
「五月蝿い、吸血鬼!貴様は、殺す!」
狙撃手の方は、魔剣大会の時に見たシトナ・イカームだった。
シトナは、こちらに殺意と憎悪を向ける。片方の集団は、吸血鬼狩りというわけか。おそらく、吸血人も所属しているのだろう。それでこちらの正体を知った。
仮面を付けた集団。十中八九、〔仮面舞踏会〕の連中は、劣勢。吸血鬼狩りの練度が高い。今回、動いている〔仮面舞踏会〕のほとんどが吸血鬼。対策で固められた集団では、こうもなる。剣聖は何もしないまま、終わりになりそうだな。
だが、狐面は吸血鬼では、ない。
なんだ?あの狐は、幻獣か。
それは、狐面の周囲に浮いていた。
「死ね!」
シトナの矢が迫る。姿を捉われたからか、狙撃はやめるようだ。常に移動しながらの射撃。
一本払おうとも、今度は別方向からまた、迫る。面倒だな。
精霊魔術【風霊の加護】
すべての矢が、風霊の起こす烈風に弾かれる。
狐面は何処だ。
ッ!?背後からの殺気。前方に飛んだ。
振り向けば、薙いだ姿勢の狐面。
相変わらず、狐の幻獣が浮いていた。
目が合った。
『姉を止めてくれ』
姉。……守護霊か。おそらく、狐面は彼に気づいていない。
「あんたは、何を望んで剣を振るう?」
答えはない。静かな踏み込み、こちらに迫る刺突。
横にズレる。が、連撃。
夜刀姫で流しつつ、隙を窺う。
ただ、この戦いは、三つ巴。
頭上より、矢の雨が降り注ぐ。
互いに、背後へと離脱。離脱点に迫る矢。同じく、狐面にも。
狐面は払った。俺は跳んで、駆けた。まずは、シトナの無力化とする。弟くんの頼みもある。狐面はゆっくりとやろう。




