吸血聖龍
『打ち克ちましたか、後継よ』
イジネの膝から離れ、胡座をかいたところに、ネブカの声が掛けられる。
「あぁ」
『……貴方からすれば、突然のことであったはず、もう少し強い反応を示すと考えていたのですが』
ネブカが戸惑った様子で言葉を発する。
「確かに突然だった。受けてみて、かなり危ない代物であったことも理解できる。が、必要なことだった、それもまた、理解できた」
『そう、ですか。……それでは、我が試練を越えし、汝は何を望みますか?』
今度はこちらが戸惑う番だ。望み?
まさか、報酬があるとは思っていなかった。そも、あの体験自体が俺にプラスに働く代物だったのだ。
「そうだな、吸血鬼らしく、血でも望むか」
望みを思い浮かべることは、急には難しい。半ば、冗談まじりに紡いだ言葉だった。
『わかりました。では、私の血を授けましょう』
!?
あっさりと受け入れられた。驚愕だ。
思考に空白を生んだ俺の目の前で、ネブカはその姿を光に変えた。次の瞬間、光が晴れたそこにいたのは、絹糸の如き白銀の長髪を流し、黄金の瞳を持った絶世の美女。龍鱗を変化させたのか、身に纏うのは、戦乙女が如き紺碧の鎧だった。露出されたところから、白磁の肌が見えている。
「どうぞ」
迎えるように腕を開く人化した聖龍は、慈母の微笑を湛えながら、無機質な声で俺を促す。
イジネやイルの非難の視線やエキドナの面白がる視線に気づかず、俺は本来なら静かな吸血衝動にゆっくりと苛まれる。
龍の血はそれほどまでに甘美な魅力を持つのだ。
ゆらりと立ち上がり、一歩を踏み出す。
「チチッ!」
その時、エキドナの隙をついてその手から逃げ出したセイが俺の右肩まで登ってきた。
それで少しばかしの理性を取り戻し、ヤトを具現ささせる。
十分な距離となった。
「あの」
しかし、遠慮がちにネブカの声が掛けられる。
「刺されるよりかは、噛まれた方が私としてはマシなのですが」
言葉とともに、コテンと頭が傾げられる。噛みやすいように、首筋が曝け出された。
本人の希望ならば仕方ない。熱に浮かされたような俺はそう言い訳して、不可侵が如き美の柔肌に牙を突き立てた。
壊れやすい陶器を抱きすくめるようにしながら、ゆっくりと甘く芳潤な龍の血を嚥下する。
吸血鬼は、文字通りに血を啜る怪物だ。それはチカラのためであり、特に不死身を維持するためである。だが、最も重要な目的は異なる。
血とは命の源であり、また魔力を含みやすい代物である。当然、吸血鬼たちは血とともに生命が持つ正の魔力をも吸収している。だが、彼らがそれに苦しむことはない。何故なら、それこそが吸血の最大の目的なのだから。
吸血鬼をはじめとした屍霊たちのチカラである負の魔力は、ただそれだけで怪物性を授かる魔力である。そして、吸血鬼たちは自らが怪物であることを望まない。彼らは他の屍霊たちとは違い、負ではあっても生命として成立した存在、さらに、彼らの身体は人のそれ。故に、理性を失うことを良しとはしなかった。故に、怪物性の中和のため、正の魔力を含む血を求める。歪ながらも心を維持するために。
それは思考ではなく、本能だ。
だからこそ、俺は吸血の必要がなかった。だが、だからといって、本能は失われない。俺が吸血鬼である以上は、その行為に快が伴うのは避けられない。
「ん」
ネブカの喘ぎを聞く。目は自然と閉じていた。
腹に熱を感じる。ジワジワとそれは全身へと広がって、三度目の嚥下で満たされた。
ゆっくりと口を離す。血と唾液の混ざり合った細い糸が橋を架ける。
いつの間にか、腰に鞘があった。夜刀姫はその鞘にピタリと納まった。
衣服にあった茨の紋様には華が開き、左袖から肩にかけて龍が絡みついていた。
「チッ?」
そちらを見れば、セイの背に竜翼が生えていた。
「いや、なんでだよ?」
「進化したようですね」
ネブカが無機質に答える。
『個体名:セイ lv.33
分類:魔獣 龍
種族:聖龍鼠』
『聖龍鼠:龍の因子を宿した聖鼠。龍に翼がないのに、この魔獣が翼を生やしている理由は不明。小柄ながら、凄まじい膂力を有し、龍の名を持つに恥じない実力を有する。』
結局、わからんのかい!?
『夜刀姫・護龍:ジャック・ネームレスに最適化された血染武装。刀身は吸収の特性を有し、納刀状態にあっては主を守護する特性を有する。』
『夜天の衣:ジャック・ネームレスに最適化された血染武装。夜闇に紛れる特性を有し、衣擦れの音すらも消し去る。神鉄製の刃であっても、この衣を斬り裂くことは困難である。』
『個体名:ジャック・ネームレス lv.47
分類:不死者 人類 龍
種族:吸血聖龍 』
『吸血聖龍:龍の因子を宿した吸血聖人。紛うこと無き世界最強の生命体。その強さは神と伍するほどである。龍に変身することもできる。』
変化はこのくらいか。性能は向上したが衣服の名称は変わってないな。あと、靴の性能に変化無し。
ヤトは、守護の特性はこの前、吸収したグラムの特性が変質したものではないだろうか。
「龍への変化、か」
「練習していかれますか?」
思わず溢した呟きを聞いたらしいネブカの提案に、俺は強く頷いた。
久しぶりに進化だぜ!
ちなみに、ジャックの衣服の描写は紋様と色くらいしか言及がありません。だから、シャツとズボンのシンプルコーデを想像しても、ロングコートをはためかせた厨二スタイルでも、紳士服スタイルでも、間違いではありません。
作者は、ファッションにあまり興味がないので描写できないのです。
ジャック「ただし、短袖は趣味じゃないぞ」
あと、鞘は描写ないけど色は白のイメージ持ってます。持ってるだけですけどね。ヤトちゃんの趣味によっては、変更がありえます。
今回は、このくらいですかねぇ。
それでは皆さん、応援よろしくお願いします。
コメントくれても良いのよ?(チラッ




