?日常?
カァカァ……
烏たちが朝早くから集会を開いている。
僕は、その騒音に目を覚まし、ゆっくりと掛け布団を被り直した。
「智紀、朝だよ!」
誰かの声がする。これは、誰だったろう。
「ほら、起きないと学校遅れるよ!」
ガチャッと扉を開いて、遂にその人が部屋に侵入した。
ガバッと掛け布団が奪われる。
「うぅ〜、あと5分……」
「ダメだよ、起きな!」
その大声にとうとう観念して、僕は目蓋を上げる。ゆっくりと、その人を認識し、自然と言葉を溢す。
「おはよう、母さん」
「あぁ、おはよう」
僕の覚醒を認めて、母はキッチンの方へと去っていく。
僕はのそのそと布団から出て、トイレに用を足しに行った。次いで、洗面所で顔を洗う。
リビングに行けば、無口な父がコーヒーを啜っている。
「おはよう、父さん」
「あぁ、おはよう、智紀」
母がせっせとテーブルの上に朝食を並べてくれる。まぁ、ウチの朝は皆、小食だ。出てきたのは、手のひらサイズのおにぎりが数個ほどである。
「いただきます」
椅子に座って食前の挨拶。これをしなければ、父が怒る。
いそいそと3個ほどのおにぎりを咀嚼して、麦茶を啜る。
「ごちそうさま」
食後の挨拶をして、洗面所で今度は歯磨き。
それが終われば、自分の部屋に戻って制服に着替えるのだ。
前日に用意した鞄を持って、忘れ物がないか部屋を見回す。
「よし」
玄関で靴を履いて、ドアノブを握る。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
母の返しを聞きながら、僕は外に踏み出した。
「あれ?」
ふと思う。ウチの母は、あんな美人だったろうか。父は、あれほど優しげな顔だったろうか。
「あれは……カーラ、の?」
カーラって誰だっけ?唐突に浮かんだ名前は、日本人であるはずの僕にはとんと縁の無い外国風の名前。
「ヤッベ!」
ふと腕時計を確認すれば、ギリギリの時刻だ。
僕は疑問を棚上げして、自転車に乗り、ペダルを漕ぎ出した。
ガツンッと鍵を外し忘れて、つんのめったのはご愛嬌。
……
「おはよう、千歳」
「おはよう」
「おはよう、千歳くん」
「おはよう、トモ」
「おはよう、チーちゃん」
みんな好き勝手に呼んでくれる。それに挨拶を返して、僕はギリギリで席に着く。
「おはよう、ジャック」
「うん?おは、よう?」
ふと後ろから挨拶された気がする。でも、名前の原形がない。それに僕の後ろに人はいないはず。振り向いても、やはり、誰もいなかった。
ふと、下を見れば、鈍色に何かが光る。
「何だ?」
かがみ込んで拾えば、指輪だった。
よく観察しようとした時、我らが担任が教室の扉を開けた。
僕はとりあえず、指輪を胸ポッケに落とし入れた。
「えぇ、今日は……」
何の変哲もない日常が今日も繰り返される。
……
「ただいまー」
「おかえり!」
母の返しを聞きつつ、バタバタと靴を脱いで、鞄を自分の部屋に放り込む。洗面所で手を洗い、制服を脱ぎ捨てて、寝間着を着た。
リビングに顔を出せば、母が夕飯の仕込みをしている。
冷蔵庫からお茶を、食器棚からコップを引き出す。
「ぷはぁ」
「また、その格好!部屋着を着なさい!」
「えぇ、メンドー」
母がひと段落と、僕を見ていつものように怒る。僕もいつものように応えた、あれ?
こんなことあったけ?
「どうしたの?」
「え?……うんうん、何でもないよ」
「そ?じゃあ、ご飯、盛ってくれる。夕飯にしましょう」
「はーい」
僕は、母の指示に従って、夕飯の準備を手伝った。
……
「聖龍様、これはどういった試練なのでしょうか?」
イジネは、意識を失くしているジャックを膝枕しながら、尋ねた。すぐ横ではイルが、同じく意識を失くしているマサミチに膝枕している。
この状況は、もちろんイジネが自主的に作り出したのではなく、見学中のエキドナのからかいにのせられたのであった。
ちなみに、エキドナは未だ、ジャックの魔法で拘束されていた。用心のためというより、単純に忘れていただけである。
『……これは心の試練です。彼らの潜在意識に眠る弱さを、夢の世界で顕現させ、それに打ち克つことを目的とします。どのような内容なのかは、私にもわかりません。すべては、彼ら次第です。故に、彼らへの説明はしなかった』
聖龍ネブカ=ド=ネザルは静かに答えた。
「打ち克てなければ、どうなるのかしら?」
セイをモフモフしていたエキドナが次の問いを投げる。
当の本人は、「わぁ、すっごいわ。フワフワよ、フワフワ。ふふ、それにこのサイズ感が良いわ、丸呑みできそう」「チッ!?」といった様子だった。
『打ち克てねば、心の闇に囚われましょう』
「何ですって!?ちょっと、それどういうことよ!勇者は絶対に必要な存在なのよ!アンタわかってんの!」
その回答に、イルが劇的な反応を見せた。
『打ち克てねば、それまで。我ら龍族が認めるに値しない。ただ、それだけです』
温度のない声が響いた。イルがそれ以上、言い募ることはなく、ただ、睨んでいた。
「……ジャックは何故、そんな試練を受けることになったんだ?」
ポツリとイジネの問いが溢れた。
『私は約定に従ったまでです。他意はありません』
「?」
その言葉の意味を知る者はここにはいない。




