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屍は黙考する  作者: 龍崎 明
第四章 勇者と神子と神匠と
108/139

?日常?

 カァカァ……


 烏たちが朝早くから集会を開いている。


 ()は、その騒音に目を覚まし、ゆっくりと掛け布団を被り直した。


「智紀、朝だよ!」


 誰かの声がする。これは、誰だったろう。


「ほら、起きないと学校遅れるよ!」


 ガチャッと扉を開いて、遂にその人が部屋に侵入した。

 ガバッと掛け布団が奪われる。


「うぅ〜、あと5分……」

「ダメだよ、起きな!」


 その大声にとうとう観念して、僕は目蓋を上げる。ゆっくりと、その人を認識し、自然と言葉を溢す。


「おはよう、母さん」

「あぁ、おはよう」


 僕の覚醒を認めて、母はキッチンの方へと去っていく。

 僕はのそのそと布団から出て、トイレに用を足しに行った。次いで、洗面所で顔を洗う。


 リビングに行けば、無口な父がコーヒーを啜っている。


「おはよう、父さん」

「あぁ、おはよう、智紀」


 母がせっせとテーブルの上に朝食を並べてくれる。まぁ、ウチの朝は皆、小食だ。出てきたのは、手のひらサイズのおにぎりが数個ほどである。


「いただきます」


 椅子に座って食前の挨拶。これをしなければ、父が怒る。

 いそいそと3個ほどのおにぎりを咀嚼して、麦茶を啜る。


「ごちそうさま」


 食後の挨拶をして、洗面所で今度は歯磨き。

 それが終われば、自分の部屋に戻って制服に着替えるのだ。


 前日に用意した鞄を持って、忘れ物がないか部屋を見回す。


「よし」


 玄関で靴を履いて、ドアノブを握る。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」


 母の返しを聞きながら、僕は外に踏み出した。


「あれ?」


 ふと思う。ウチの母は、あんな美人だったろうか。父は、あれほど優しげな顔だったろうか。


「あれは……カーラ、の?」


 カーラって誰だっけ?唐突に浮かんだ名前は、日本人であるはずの僕にはとんと縁の無い外国風の名前。


「ヤッベ!」


 ふと腕時計を確認すれば、ギリギリの時刻だ。


 僕は疑問を棚上げして、自転車に乗り、ペダルを漕ぎ出した。


 ガツンッと鍵を外し忘れて、つんのめったのはご愛嬌。


 ……


「おはよう、千歳」

「おはよう」

「おはよう、千歳くん」

「おはよう、トモ」

「おはよう、チーちゃん」


 みんな好き勝手に呼んでくれる。それに挨拶を返して、僕はギリギリで席に着く。


「おはよう、ジャック」

「うん?おは、よう?」


 ふと後ろから挨拶された気がする。でも、名前の原形がない。それに僕の後ろに人はいないはず。振り向いても、やはり、誰もいなかった。


 ふと、下を見れば、鈍色に何かが光る。


「何だ?」


 かがみ込んで拾えば、指輪だった。


 よく観察しようとした時、我らが担任が教室の扉を開けた。

 僕はとりあえず、指輪を胸ポッケに落とし入れた。


「えぇ、今日は……」


 何の変哲もない日常が今日も繰り返される。


 ……


「ただいまー」

「おかえり!」


 母の返しを聞きつつ、バタバタと靴を脱いで、鞄を自分の部屋に放り込む。洗面所で手を洗い、制服を脱ぎ捨てて、寝間着を着た。


 リビングに顔を出せば、母が夕飯の仕込みをしている。

 冷蔵庫からお茶を、食器棚からコップを引き出す。


「ぷはぁ」

「また、その格好!部屋着を着なさい!」

「えぇ、メンドー」


 母がひと段落と、僕を見ていつものように怒る。僕もいつものように応えた、あれ?


 こんなことあったけ?


「どうしたの?」

「え?……うんうん、何でもないよ」

「そ?じゃあ、ご飯、盛ってくれる。夕飯にしましょう」

「はーい」


 僕は、母の指示に従って、夕飯の準備を手伝った。


 ……


「聖龍様、これはどういった試練なのでしょうか?」


 イジネは、意識を失くしているジャックを膝枕しながら、尋ねた。すぐ横ではイルが、同じく意識を失くしているマサミチに膝枕している。


 この状況は、もちろんイジネが自主的に作り出したのではなく、見学中のエキドナのからかいにのせられたのであった。

 ちなみに、エキドナは未だ、ジャックの魔法で拘束されていた。用心のためというより、単純に忘れていただけである。


『……これは心の試練です。彼らの潜在意識に眠る弱さを、夢の世界で顕現させ、それに打ち克つことを目的とします。どのような内容なのかは、私にもわかりません。すべては、彼ら次第です。故に、彼らへの説明はしなかった』


 聖龍ネブカ=ド=ネザルは静かに答えた。


「打ち克てなければ、どうなるのかしら?」


 セイをモフモフしていたエキドナが次の問いを投げる。

 当の本人は、「わぁ、すっごいわ。フワフワよ、フワフワ。ふふ、それにこのサイズ感が良いわ、丸呑みできそう」「チッ!?」といった様子だった。


『打ち克てねば、心の闇に囚われましょう』


「何ですって!?ちょっと、それどういうことよ!勇者は絶対に必要な存在なのよ!アンタわかってんの!」


 その回答に、イルが劇的な反応を見せた。


『打ち克てねば、それまで。我ら龍族が認めるに値しない。ただ、それだけです』


 温度のない声が響いた。イルがそれ以上、言い募ることはなく、ただ、睨んでいた。


「……ジャックは何故、そんな試練を受けることになったんだ?」


 ポツリとイジネの問いが溢れた。


『私は約定に従ったまでです。他意はありません』

「?」


 その言葉の意味を知る者はここにはいない。

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