猛女vs吸血龍騎 その二
「【惨劇嵐】!」
ダロガの放った血魔法の効果はシンプルだ。【血風刃】を全方位に大量に放つ物量攻撃。街中で使えば、臓物を撒き散らした人々で溢れ返ることになって、正しく惨劇のような状況を生み出す。
今回、範囲内にいたのは最低でも金級に至った冒険者たち。彼らは、魔術師の冒険者たちが張った結界に辛うじて守られていた。
「ぐっ……!?」
「かっは!?」
「あぁぁ!?」
それでも、最も疾かった数発を受けた者はいて、彼らは手の空いた者たちによって撤退させられる。職員の姿はすでにない。直前まで残っていたはずの秘書のような役割の職員もいつの間にか姿を消していた。
多少のダメージはあったものの、総合的に見て死者もいないその状況は問題のないものだった。
「会長……?」
呆然と呟いたのは、誰だったのか。
魔法の発動を阻害するために、急激にダロガに接近していたアトリンテはその全身を真っ赤に染めていた。元より紅色のビキニアーマーを装備しているため、大鬼にも似た姿となっている。
「逃げろぉ!!」
古参の冒険者の叫びが轟いた。
「えっ?」「あっ……」「……っ」「!?」
ある者は間抜けな声を、ある者は思い出したような声を、ある者は顔を青ざめ、ある者は弾かれたようにすでに走りだしていた。
事情を知る者は、知らぬ者の首根っこを掴みながら無理矢理に走らせる。
「どうやら、負けを悟ったようだな」
閑散とした有様となった協会総本部を見て、ダロガはそう言った。
「さて、トドメを刺しておくか」
ゆっくりと未だ立っているアトリンテに向かうダロガ。油断はない。だが、彼は反撃があと一回あるかないかがせいぜいだろうとは考えていた。【惨劇嵐】を真正面から受け止めて、全身を血塗れにした女が満身創痍でなくて、なんだと言うのだろうか。事実、アトリンテは満身創痍だ。
「……?」
怪訝な様子で立ち止まるダロガ。
よく見れば、アトリンテの身体は小刻みに揺れていた。よもや、この女が恐怖で震えているはずはない。ならば、考えられるのは
「何故、笑っている?」
その言葉をきっかけにして、アトリンテの笑声が決壊した。
「くっ……あぁぁははははは!!!」
とても満身創痍の人間が放てるとは思えない轟音で、アトリンテは愉しげに笑った。
「おまえに余力はないはずだ」
繰り返すが、アトリンテは事実、満身創痍だ。
ゴンッ!
重く響く音を放ちながら、アトリンテの握る斧槍が地に墜ちる。
バンッ!
と続けて、似つかわしくない重音を響かせて、アトリンテのマントが地に墜ちた。
「何を……?」
墜ちたそれらに注目した一瞬のことだった。ダロガの思考に空白が生まれる。
すでにアトリンテの姿は彼の背後に立っていた。
ギリギリ……
そんな音を聞いてダロガは振り返る。
「バカな!?」
「アタシを誰だと思ってやがる?」
すでに剛弓を構え、矢を番え、その標準はダロガの心臓を狙っていた。
ビュオウ!!
矢音は力強く鳴り響き、穿ちの一撃の威力を物語る。
「ぐぅっ……!?」
ダロガの呻き声が聞こえる。矢はその背後で協会総本部の壁を砕いて止まった。龍人の腹を掠めながらも、その威力の減衰を見せることなく、壁に突き刺さるそれは物理法則に喧嘩を売っていそうなほど。
「休む暇はないよ?」
同時に放たれる全方位からの一斉射撃。ダロガがアトリンテから最初の一矢へと注意を逸らした隙に、アトリンテは全方位に矢を置いてきた。
「“毬の矢”」
ひどく簡素なアトリンテの呟きはその技の名のようであった。
全方位の一斉射撃をダロガは、どうにか致命傷は避けるなり、弾くなりして、退けた。だが、全身から矢を生やすその姿は正に、毬栗のようだった。ついでに、協会内にも至るところから矢が生えている。
そう、冒険者たちが逃げ出したのはこのためだ。満身創痍になった以上、我らが会長は短期決戦に切り替える。そして、そうなったら周囲への配慮など一欠片も残りはしない。
「へぇ、凄いじゃないかい。ワタシのそれをくらって生き残るなんて」
「魔術、ではない。そもそも、何故動ける?」
アトリンテの称賛には応えず、ダロガは自身の思考を呟く。
そう、アトリンテは魔術など使っていない。ただ、純粋な身体能力。疾さだけで全方位からの一斉射撃を行なっている。そして、満身創痍でありながら、動けるのもただの精神力のなせる業だった。
アトリンテの顔に、獰猛な笑みが浮かぶ。
「ワタシは『猛女』アトリンテだよ?なんで、満身創痍くらいで動けなくなると思ったんだい?」
ダロガが後ずさった。それに気づいて、驚愕。思考の空白が生まれる。
「死にな!」
そう言った時にはすでに、ダロガの心臓は射抜かれていた。
「フッ……」
その失笑を最後に、ダロガの思考は暗転した。
 




