打ち解けた誤解と現実
晃太は崩れるかのように倒れた。
晃太が目覚めるまでは、沙月にとって長くとても悲しい時間だった。
沙月は、何が起こっているのか理解できなかった。
矢恵子の突然の死。
矢恵子を襲った何者が晃太であったこと。
「.............分かんないよ...。」
沙月は、一晩も号泣し腫れた瞼を擦る。
そして沙月は現実から逃れるように再び眠りについた。
暫くすると、晃太はゆっくり目を覚まし沙月を起こした。
「沙月ちゃん...。起きて..。」
晃太の苦しそうな呼びかけに、沙月は重たい瞼を開ける。
「沙月ちゃん...あのね..。」
晃太が昨晩起こった出来事を、打ち明けようとした時
「やめて..!!何も聞きたくない!晃太くんは...騙してたんだ!!」
そう言い放って沙月は部屋を飛び出した。
沙月が泣きながら出て行った部屋は晃太にとって、とても暗く、悲しいものだった。
沙月は、街中をひたすらに走った。現実かも分からないこの場所で
どうしたら良いのか分からなかった。
「沙月ちゃーん!!」
「一瀬..さん...。」
無我夢中で走っていた沙月の目の前に一瀬が近寄って来た。
「どうしたの沙月ちゃん。あれ。矢恵子さんは?一緒じゃないの?」
一瀬の言葉から矢恵子という名前を聞くと、沙月は再び泣いてしまった。
それから沙月は昨晩起こった事を少しずつ一瀬に説明した。
「そんな事があったんだね...。辛かったよね。」
優しい言葉をかけてくれる一瀬は、沙月にとってお兄さんだった。
そう思えたのは一瞬の出来事だった。
一瀬の表情が一変する。
「だから言ったのになあ。やめてほしい、ってね。」
一瀬は不気味な笑みを浮かべながら、沙月を見下す。
「え?どういう事ですか..?」
「だからさー。沙月ちゃんは僕の言う事を聞かなかったせいで矢恵子さんは死んだんだろう?君のせいで。ね。」
一瀬はキョトンとする沙月に攻め立てた。
沙月は一瀬を睨んだ。
「酷い....。一瀬さんはそんな事言う人じゃないのに。」
一瀬は狂ったような大声で怒鳴る。
「ハアア..あああああああ!!!??僕をなんだと思ってるんだよ!!!!!君らみたいな馬鹿どもに散々手助けしてやって守ってやったのは誰だよ!!僕だろ!!」
一瀬は狂った。
だが、沙月は考えた。矢恵子の死は自分のせいだと思っていた。
「(矢恵子さん....ああ...私のせいだ。そうだよ。私のせい。)」
「まぁ、君らの所にまさか何者になった晃太くんが行くなんて想像もしていなかったけど。」
一瀬はものおかしく甲高い声で笑う。
「なんで晃太くん...って分かるの?知ってたの?晃太くんが何者だったって....?」
「知ってたよ。僕も時々なるから。何者にね。」
一瀬の告白と共に、沙月は遠くの街道から嫌な気配を感じ取る。
「ああ、来たみたいだ。」
「.........?」
一瀬は、その嫌な気配の元に指を指した。
「えっ......?」
沙月が目にしたものは、何十体もの何者の集団だった。
何者の集団が、沙月と一瀬の隣を横切る。
時が止まったように感じた。何十体の何者は2人には見向きもせず
ただ、通り過ぎて行った。
「あ.....あれは..。」
「地獄にいる人々は全員ではないが、何者になるんだよ。」
一瀬は先程の怖い雰囲気ではなく、優しい声で沙月に応えた。
「じゃあ一瀬さんも時々なるっていうのは....。」
「そうだね。何者になる瞬間は突然くる。僕はこの街に来て直ぐに。
もちろん、敵とか味方とか関係ないんだ。何者になったら人を喰らう。
美味しいとかじゃない。本能だ。」
地獄はとても狂っていた。
沙月は目眩に襲われ、その場で座り込む。
「沙月ちゃん。来たよ。晃太くん。」
そう言って一瀬は手を振り去っていく。
「晃太くん.....。ごめんなさ..」
「沙月ちゃん。ごめん。勝手に居なくなったりして本当にごめん。」
一瀬から聞いた事により、沙月は晃太に対する気持ちに変化があった。
晃太だけではなくこの街の人たち全てが何者になる可能性ががある事を知った。
「ねえ晃太くん。私も、もしかしたら何者になったりするの....?」
沙月は恐ろしくて堪らなかった。恐れている何者に自分自身がなってしまうかも知れないことに。
「どうなんだろう。人それぞれだからね。何者になったら自我を失うんだ。 どんなに相手が大切な人でも、本能で動いてしまうから。だから君が僕を避けた訳は、僕が矢恵子さんを......。」
晃太も自分の侵した事実に気付いていた。
「晃太くんなりに悩んでる事もあったなんて....。ごめんね。みんな辛いはずなのに。」
沙月はこの世界で起きるあらゆる出来事に向き合うと決めた。
この世界は実在しているのかどうか、小さい頃から見ていた夢。現実か夢なのかも分からない状況で、どう行動すべきなのかを考えた。
「私も何者になったりするのかな。大事な人達を次は私が殺めてしまうのかな。」
晃太は首を横に振る。
「沙月ちゃんは強く自分の意志を持ってる。何者に簡単になる事はないと思いたい。ごめんね。俺でも未だに分かってることは何もないんだ。」
今日も、闇の時間がやってくる。
沙月と晃太は同じ暗闇の空間でひたすら息を殺した。
そして
何事も無かったかのように朝を迎える。
眩しい光に私は目覚めた。見覚えのある部屋。
「ここは..........。私の..部屋......?」
・・・・・・・。
「良かった。悪夢から覚めたんだ。」
安堵した沙月は、優しく目を瞑り再び眠る。
眠った沙月は二度と自分の部屋で目覚めることは無かった。
「晃太くん!逃げよう!!現実の世界に一緒に戻ろう!!!!」
そして沙月の悪夢は再び蘇える。