″ソレ″の正体
晃太が沙月の前から姿を消して一週間が経った。
あれから、毎晩最悪な時がやってくる。
「アンタ、こんな所にいたの。集会があるでしょ早く行くのよ。」
今日もこの人は五月蝿い。
「あっ...すみません。考え事してて....。」
沙月はこの人が凄く苦手だった。
この人というのは、深田 矢恵子。
いつも突っかかっては文句をが止まらない女性のことだ。
晃太が沙月の前から姿を消した日、矢恵子と出会った。
昨晩、襲われていた人の姉だった。
あれから、毎晩喰われる人は後を立たないでいた。
「また、晃太くんの事?今は自分の事考えなさいよ。」
「・・・・。」
沙月は黙って頷く。
〜集会所〜
「皆さん、集まったようですね。」
一瀬 学。この集会をまとめてくれている。
沙月にとって頼りになる唯一の歳上の男性。
メガネをかけてる人はやはり真面目なのだろう。
「あら、一瀬くん。待たせてごめんなさいね。」
矢恵子は、真面目な一瀬をみて鼻で笑った。
一瀬は面倒な人には慣れている。何も無かったように話を始めた。
「今日は皆さんのご存知、何者の実態について。」
一瀬が、何者の話を切り出すと、全員の顔が強張った。
それも関係なしに再び話を切り出す一瀬。
「僕は、昨晩何者を目の前で見ました。人が、喰べられた所を。」
一瀬は、突然声を震わせた。
「見たって..?」
その場にいた全員が凍りつくようにポカンと口を開けた。
何者から隠れる時は誰しもが何者を目にする事はない。
「得体の知れないままじゃ、何も変わらないだろう。僕が先頭に立ってるならば、自分の目で見ておくべきだと思ったんだ。」
一瀬の真剣な、勇気ある行動に誰も何も言う事は出来なかった。
「みんなが想像しているほどそんなに恐ろしいモノでは無かったよ。僕はでかい怪物のようなモノだと思ってたんだ。人を喰べるからね。でも違った。人なんだ。人に近い体だった。」
シン.....とした空間に、ゴクリと唾を飲む音が響く。
「黒いマントを羽織ってる。だけど人ほどガタイは良くない。だけど、唯一人間と違ったのは....牙だ。人間はあんな鋭いでかい牙は持ってない。口も大きい。全身黒に覆われていて顔も見えなかったんだ。」
暫く沈黙が続いた。
「人を喰らう瞬間は、耐えられなかった。凄く...恐ろしい。言葉に出来ないくらい、僕の脳裏に焼き付いてる。僕が、昨晩に見て何者について分かったのは申し訳ない。これだけなんだ。」
一瀬は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
昨夜の出来事は当たり前の事ではない。
この場所、地獄は存在してはいけないものだった。
すると遮るかのように、
「私、決めた。今晩何者を自分の目で確かめる。」
沙月は危険が迫ってしまう事を発言した自分に驚いた。
「あんた本気で言ってるわけ?一瀬くんは、たまたま無事だっただけよ!」
矢恵子は声を荒げた。普段から面倒な人だが、人の心配だけは一丁前だった。
「そうだ。わざわざ沙月ちゃんが危険に晒す必要はないよ。やめてほしい。」
勿論、一瀬や他の人達も同意見だった。
だが、沙月は決心していた。何者を突き止めたかった。
「話したでしょ..私が初めて地獄に来た時に助けてくれたの。晃太くん。次の日突然姿が無くなってた。勝手にどこか行くようには思えなかった。きっと何かあったの。」
此処にいる全員が、最初に会っていた時に聞いていた晃太の話だった。
「心配なのは分かるよ。でも君がもし何者に喰べられたら?晃太くんに会えなくなってしまうよ。」
一瀬はどうしても沙月に何者との接触はやめさせたかった。
「ううん、私は決めたの。私は、晃太くんを探す。」
全員が沙月の本気の熱意に負けてしまった。
無事、沙月が夜を過ごせるように皆で祈りその場を解散した。
「分かったわ。私も協力する。」
「え...?」
沙月は驚いた。
面倒臭いこの矢恵子が、協力をしてくれると言うのは不自然だったからだ。
「アンタだけでどうにかなるはず無いし、心配だもの。1人より2人でしょ?」
沙月は初めて矢恵子が逞しい女性だと気付いた。
「っ...ズズ...ッ。矢恵子さん。ありがとうございます...。」
「何泣いてんのよ!!沙月ちゃんは笑ったほうが素敵よ。」
沙月は、矢恵子の優しさに安堵しポロポロと涙を流した。
いつも1人だった。
悲しい時も苦しい時も。楽しい事なんてなかった。
こんな場所に来ても。でも、みんなは違った。優しかった。
晃太くん...どうして居なくなってしまったの。どうして...。
沙月は、晃太の事を気にかけながら眠ってしまった。
ギュゥイーーーーーーーーン
「残り5分です。直ちに建物内に隠れてください。」
「沙月ちゃん...!起きて..そろそろよ。」
沙月は矢恵子の声で起きる。
「あぁ...すみません。寝てしまって。」
「いいのよ、早くベッドの下に隠れましょう。此処なら何者が見えるわ。」
今の沙月にとって矢恵子は心強かった。
ギギ..ギギギ...ガタンッ
「(来たわ....)」
矢恵子は沙月を見て頷く。
ササ...ササァ....サッサ...
何者が近付いてくる。この音は何だろうか。
「(マントを引きずってる音ね....)」
矢恵子がそう思った時...
何者は、2人のいる部屋へ入って来た。
沙月は衝撃だった。2人のいる部屋に入って来た何者は
沙月の知っていた人物。
「あ...あぁ....嘘..。.....晃太くん..」
沙月が声を出した事に矢恵子はビックリして声を荒げてしまう。
「ちょっと!!.......え。」
部屋に入って来た何者は、矢恵子の首を捻り噛んだ。
「や...矢恵..子さん....?」
沙月は何も出来なかった。矢恵子に恨まれるともこの時、思った。
けど違った。矢恵子は最後の最後で口を動かしていた。
「が ん ば る の よ」
ニコリと涙を浮かべ矢恵子は、跡形も無く消えた。
沙月は、号泣した。自分の醜さに後悔した。
「サ....サツ...キ...」
矢恵子を喰べた何者は突然言葉を放った。
「どうして....?どうして晃太くん...。」
矢恵子を襲った何者は晃太だった。
今は理性を失っているのだろう。
ニヤリ...と笑い奇声をあげた。
「嘘だ...嘘だよ..。ねえ..!!」
何者は、そのまま部屋を出て行くのを沙月は見送った。
「ごめんなさい..ごめん..nさい..。」
沙月は矢恵子の最後の言葉と笑顔を思い浮かべる。
朝まで沙月の目から涙が止まることはなかった。
〜朝〜
沙月は目を覚ました。
「もうお昼だ...。」
まるで昨晩のことが現実かどうかも区別出来なかった。
目の前に広がる血や肉片で、再び思い出す。
「う...うぅ...ッ..うわぁぁ!!」
ドス...ドスドス...ドスドス
沙月が叫び声を上げたと同時に、歩いてくる音が聞こえた。
部屋に誰かが入って来たのだ。
沙月は涙を見せまいと視線を上げた瞬間。
「え....。」
其処にいたのは、晃太だった。
「沙月...ちゃん..。」
そう放った晃太は、その場で崩れるかのように倒れた。