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時は流れ、入学式から一か月後の放課後。
私たちは四人で集まりお互いの情報の交換をしていた。
場所は学園内の中庭に複数設置されている東屋のようなスペースを使っている。
この建物は柱と屋根のみで構成されており、中央にテーブルと椅子が設置されている。
主に生徒の憩いの場として使用される場所だ。
中庭に複数設置されているこの建物は周囲とある程度の距離があり、友人どうしの小規模なお茶会などによく使われる施設だ。
私達の内緒話を行う場所について、入学式の翌日に話し合った結果この場所に決まった。
何故、遮蔽物もないこの場所に決まったのかと言うと、下手にこそこそしているより安全であるという結論が出たからだ。
私たちの実家は四大貴族と呼ばれる程の権力者。
その家の令嬢が四人も集まってこそこそしていれば何かしらの勘繰りを持たれる可能性がある。
たとえそこに悪感情がなかったとしても、噂話が大好きなご令嬢方に余計な好奇心を抱かれる事も考えられる。
それなら、隠れなければいい。
秘密があればそれを暴きたくなる好奇心の塊が一定数居る事を理解している。
ならば逆に、堂々としていれば余計な好奇心は生まれないのではないだろうかという判断だ。
この場所なら周囲とある程度の距離があるし、遮蔽物がないからこちらからも周りをよく見る事ができ、盗み聞きの心配はない。
使用されている東屋の近くを通ってはいけない等といったルールがある訳では無い為、偶然を装い聞き耳を立てる事は可能だろう。
しかし、集まっている面子は四大貴族のご令嬢。
互いの牽制もあり、この集まりに興味はあっても下手に近づくことが出来ないという空気が自然と形成されてくる。
大きな声さえ出さなければ、遮蔽物もないこの空間が心理的な密室として機能するのだ。
まぁ、この集まりが小妖精の密会なんて呼ばれて神聖化されている事を知った時は変な笑いが出てしまったものだけど。
その影響で私たちが集まるこの東屋だけは混んでいても空いているのはありがたい誤算だけどね。
最初の一週間は確かに密会とも言えるべき内容を話していたかもしれない。
私たちがどう動けばサミュエルルートに入れるか、とかね。
その時決まった事は私以外の三人で主人公とサミュエルが関わる出来事をさりげなく演出すると言う事。
サミュエルは二学年に在籍している為、普通に過ごしていては関係を築くことがなかなか難しいのだ。
いっそ主人公も日本人だったら状況を説明すれば全てが解決するのにソフィちゃんの未来予知では主人公の事が見えないみたいだしアテにはできないだろう。
ちなみに、何故私以外の三人で行動するかと言うと、私が動くと幸運によって何が起こるか分からないからだ。
完全に一人役立たずである。
もはやこの力を幸運と呼んでいい物なのか疑問でしかない。
今の所九割以上が私の意に反した結果をもたらしているんだけど、一体誰にとっての幸運なのさ……。
一週間が過ぎた頃から話の内容は大きく変わった。
それぞれの婚約者(リオちゃんは正式に婚約してないけど)の話がほとんどを占めるようになったのだ。
もちろん、今後についてをを話す事もあるけど、大抵の場合は攻略キャラたちが何をしただの、どんな場面が格好良かっただのといった情報を話しているだけ。
今後の事は確かに重要だけど既に大方の部分は決まっているし、何より私たちが行動原理は彼らへの愛ゆえになのだ。
彼らの情報を交換する事が多くなってしまう事は致し方がないと思いませんか。
否、ここはあえて最重要だと言い切らせて貰おう。
部外者が聞いて居れば婚約者とののろけ話、私たちにとっては最重要の情報交換が今日も始まる。
「今日はうちの話から聞いて欲しいっす。」
こう切り出したのはリオちゃんだ。
新年度が始まってまだ一月。
サミュエルが就任した第二学年長の仕事は多岐にわたる。
学年長とは生徒会の役員に近い役割だと思ってもらえればいい。
違いがあるとすればその権限も仕事も幅が広い事だろうか。
第二学年をまとめる彼の主な仕事は各クラスから出てきた要望をまとめ、各学年から二名ずつ選ばれた代表と要望の選別をする事。
通すべき要望を会議により絞り、選別した後に学園の運営会議に出席しプレゼンをするまでが仕事だ。
その為の資料作りだったり、問題点の洗い出しだったり、学園生のほとんどが貴族階級の人間なだけあって余計な軋轢も生まれたりで非常に忙しい。
そんな訳があって、リオちゃんはなかなか二人の時間を作る事ができていない。
普段時間が作れない故にサミュエルと何かあった日にはリオちゃんのテンションが一段高くなる。
「三日前は学園が休みだったじゃないっすか?だから一人で街に行ったんすよ。」
「それで寮に居なかったんだ。けど面倒な事するね。街に行くって事は護衛付きでしょ?」
この学園の規則の一つに外出の一部制限がある。
制限と言ってもあまり厳しい物ではないんだけど、少し面倒なのだ。
まず、外出申請を提出する事は絶対。
そりゃ、実家から急用があった場合にどこに行っているか分かりませんでは学園の管理能力が問われてしまうのだから必要な事だ。
なら、外出を禁止すればいいのではないだろうかと考えるが昔、それが原因で問題が起きたらしい。
締め付けが厳しかった時代に、生徒が学園を抜け出して街に繰り出す事案が発生した。
それまでもこっそり抜け出す者はいたが、特に問題も起きなかった為、一種の暗黙の了解になっていた。
しかしとある日、男子生徒が生傷を作って寮に帰った際、従者に見つかった所から問題が大きくなってしまう。
なんでも、街で同年代の少年と殴り合いの喧嘩をしたとか。
男子生徒は事を大きくするつもりがなかったのだが、従者が当主に報告した事から事件が発覚。
最終的に隠れて抜け出されるくらいなら規則にして管理した方がマシという事になり、学園の規則を変更するに至ったらしい。
ちなみに、男子生徒と喧嘩した少年はお咎めなし。
私には理解できないが殴り合いを経て友情が生まれたとかなんとかで、今では当主となったその生徒の家で護衛長の職に就いている。
なんでそこまで知っているかって?
私の実家の話だからだよ!
そりゃ四大貴族の坊ちゃんが殴られて帰ってくれば問題にもなるわ。
で、そこから変更された規則の一つに外出時は学園が認めた護衛を一名以上同伴するという決まりが出来た。
学園が護衛として認める条件は、なにかしらの実戦経験がある事と出自がハッキリしている事。
もちろん一定の武力も必要で、それについての審査もある。
学園の生徒でも実戦経験があれば審査の対象となるが、貴族の子供で実戦経験のある人間なんてまずいない。
基本的に退役軍人が学園に雇われていて、それらを連れていく形になる。
まぁ?ケビンは学園に護衛として認められた数少ない人材ですけどね?
つまり、私たちの場合は二人っきりで街に出かける事ができるわけよ!
現在、私はケビンが誘ってくれることを首を長くして待っている状態だ。
自分から誘いたいところだけど、私が主導して行動すると何が起こるか分からないから最近は周りに流されるように心がけている。
もう遅いかもしれないけど、少しでもシナリオを脱線しないようにね。
話が大分逸れた。
再びリオちゃんの話に耳を傾ける。
「知らない人と一緒に出掛けるってのはちょっと抵抗あったんすけどね。なかなかサミュエルと二人で居られる時間つくれないっすからねー。何かプレゼントして、いい雰囲気を作ろうと考えたっす。」
「リオさんは積極的ね。プレゼントに選んだものは短剣かしら?」
短剣。
女性から男性に贈るプレゼントとしては色気が無く、場違いな物なのは間違いない。
でも、サミュエルの裏設定として刃物コレクターというものがある事を私たちは知っている。
相手の好きなものをピンポイントで突けると言う事は様々な設定を知識として持っている私達の最大の特典と言っても過言ではないだろう。
なにせ絶対に、最大限喜んでもらえるものを渡せるのだ。
「そっす。街一番の鍛冶屋で大事そうに飾ってあったのを頼み込んで譲ってもらったっす。」
「それは……、店主さんも困ったでしょうね。ダイモン家の令嬢に頭を下げられてしまっては。」
「身分は明かしてないっすよ?平民から無理やり搾取するような事はしたくないっすから。当然服装も貴族っぽくない物を着て行ったっす。」
前々から思っていたけど、リオちゃんは凄いな。
言葉遣いや素の仕草だけ見るとちょっと頭の軽い印象を受けるけど、行動の端々で頭の回転の速さを感じる。
人前でボロを出す事もないし、シナリオに影響を与えそうな事は避けてるみたいだし、どんな相手にも迷惑をかけないように立ちまわっている。
サミュエルは幸せ者だな。
キャラとしてのリオがどんな人格だったのか分からないけど、こんないい子が死んでしまったらそりゃサミュエルも落ち込みますわ。
リオちゃんが生存するルートがあればいいのに。
「それでそれで?渡した時の反応を詳しく!」
「もちろん喜んでくれたっすよ。短剣抱きしめて最高の笑顔見せてくれたっす!」
プレゼント抱きしめて笑顔って何それかわいい。
「生サミュエミ見たの!?いいな!みたかったな!」
サミュエルの微笑み。
通称サミュエミ。
人前では鉄仮面の如く表情の変わらない規律の権家のようなサミュエルの表情筋が仕事をするシーンがハテハテにはいくつか存在する。
特に大きな変化がある場面は主人公が一歩心に踏み込んだ時に少しだけ見せた苦笑、死んだリオの事を語るシーンで悲痛を現した表情、そして主人公との交際が始まるきっかけとなる短剣をプレゼントされた時の微笑みだ。
シナリオ中盤で主人公に心を開くまで表情に乏しかったサミュエルが見せる笑みは、貴重で尊い物としてファンの間で宗教画の如く崇められている。
ゲーム内では好感度が上がってからじゃないと見れないサミュエルの笑顔が見れているという事はリオちゃんとの関係が良好だという事だろう。
「役得っすね!お返しにって事で今度の週末に一緒に出掛ける時間を何としてでも作ってくれるそうっす。」
嬉しそうにするリオちゃんを見ていると私まで嬉しくなる。
それと同時に少しだけ罪悪感のような物を感じる事がある。
肉体的には死なないとはいえ、友達の実質的な死が決まっているこの現状に思う所がない訳がない。
確かに私がリオちゃんでも同じように今を謳歌し、時が来れば退場という運命を受け入れただろう。
でも、それでも……だよ。
嫌な役回りを全て任せてしまうという、何とも表現できない黒い気持ちが私の中で渦巻いているんだ。
特に私の場合、幸運によってリオちゃんの死も歪める事が出来るかもしれないからなおさら。
私がリオちゃんだったとしても同じ道を選ぶけどさ、それでも運命を変えたいと思ってしまうのは私の我儘でしかないという事も分かっているんだけど……。
あぁ、いっそ私がリオちゃんだったらこんなに悩むことはないのに。
この葛藤はきっといつまでも消えないんだろうな。
シナリオなんて始まらずに、いつまでもこの日常が続けばいいのに。
誤字報告ありがとうございます!
キャラの名前を間違えるとは……。