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季節は巡り、私たちが12歳となった年の春。
グランツ王立学園の入学式が開かれる。
手入れの行き届いた花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、塀に沿うように植えられた樹木からは入学を祝福するように青い花びらが降り注いでいる。
私、シャロン・ハーツメルは学園行事で様々な目的に使用する講堂で他の生徒と一緒に入学の祝辞を聞き流している。
学園の方針として、身分を問わない友好関係を築けるようにと、爵位によって生徒を区別したりはしない為に並び順に指定はない。
それでも、学園の外では明確な力関係がある以上、自然と身分の高い家の者は前の方に集まってしまう。
私はそんな事を気にはしないんだけど、そういう空気なんだから仕方がない。
檀上で生徒に語り掛けるは学園長。
既に半世紀は生きていると言うのに年齢を感じさせない若々しさを保っている。
この世界の平均寿命は60歳程度だと言うのだから、50を超えて歳を感じさせないと言うのは非常に珍しい存在だ。
元々銀髪である為、白髪が目立たないと言うのもあるだろうけど、30代後半だと言っても通用しそうな程である。
学園長もダンディーなおじ様なのは、流石乙女ゲーとでもいうべき所だろうか。
「――で、あります。今日という日を迎えられたことは――」
それにしても話が長い。
こういう話が長いのはどこの世界でも変わらないものだね。
しかし貴族の子息息女を立たせたまま長話をするのはどうなんだろう。
周りの沈黙が緊張から少しずつ苛立ちに変わっている事を感じる。
これも教育の一環なんだろうか。
貴族たるもの多少の苛立ちを飲み込む大きな器を持てとか?
まぁ私は前世で慣れているから大丈夫だけども。
「長々と話しましたが、ここで締めくくる事とします。では新入生代表、挨拶を。」
学園長の話がようやく終わった。
周りの生徒も心なしかほっとしたような表情を浮かべている。
それにしても新入生代表の挨拶か。
一体誰なんだろう。
ハテハテでは主人公が秋からの編入だから入学式はなかったんだよね。
攻略キャラの中で同学年はケビンだけだけど、代表っていう柄ではないよね。
私が思考に耽っている間も式はつつがなく進行する。
「新入生代表として挨拶をさせていただきます、リオ・ダイモンと申します。少しだけ私のお話に耳を傾けていただければ幸いです。」
リオちゃん……だと!?
これは予想外の人物が登場したものだ。
いや、地位的にも問題ないし作法も一通りこなせるのは知ってたけど、リオちゃんの素を知っているから驚いた。
壇上のリオちゃんは髪も少し伸びて女の子らしくなってるし、表面上は淑女として振舞ってるからどこからどう見ても立派な侯爵家令嬢に見える。
これはコロっと騙される男子生徒が後を絶たないだろうな。
現にさっきまで感じていた苛立ちの空気が緩んでいて、男子生徒が壇上に向ける視線は憧れのアイドルを見るようなそれだ。
サミュエルが居る限り、騙された人が近寄っても全員撃沈する事は確定事項だけどね。
「以上を持ちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます。ご清聴、ありがとうございました。」
挨拶を終えたリオちゃんはニコリと微笑み小さくお辞儀をする。
くはー!あざとい!今の笑顔は破壊力抜群だね!
今ので絶対何人かは完全に落ちた。
末恐ろしい小悪魔やで!
リオちゃんの挨拶の後も粛々と式が進行し、締めの挨拶を学園長が行い今日は解散となった。
この学園の生徒は特殊な家庭の事情が無ければみんな寮に入る事になる。
私達と関係がある人間で寮暮らしではないのはクロスくらいかな。
寮は男子寮と女子寮がそれぞれ三棟ずつ用意されており、部屋は学園の判断で割り振られる。
寮の規模や質はどれも同じだが、仲が悪い貴族の子息や息女が一緒の寮にならないように慎重に決めているらしい。
上記の理由から、事前に誰々と同じ寮にして欲しい等といった希望が通る事も多い。
多いとは言っても、この学園は四年制であり、既に入寮している人間を追い出したりはしないので確実に希望が通ると言う訳では無い。
当然、男女で分かれている為、婚約者だからと言って同じ寮に住める事はない。
他にこの学園について語る事があるとすれば今年入学する生徒、私の同級生の人数だろうか。
これは少し特殊で、年度によって在籍人数は大きく変わる。
この学園は貴族同士の繋がりを構築する場所としての役割に重きを置いているからだ。
社交界に出る前から友好関係を構築して来た者とそうでない者にどれだけの差が付くかを考えれば貴族である限り学園に入学させない手はないだろう。
そして、貴族の子供がその年度に何人生まれるかなんて、想定出来るものでもないし、ましてやコントロールする事など不可能である。
仮に定員を設けてしまえば人員が足りない分にはまだいいけど、溢れた場合にいくら公平を期したとしても不満を募らせる者が出てくる事だろう。
そんな理由があって定員を設けていないのだ。
しっかりと身元が保証されており、入学費用さえ払う事が出来れば誰でも入学する事が出来る。
学園の性質上、貴族とのパイプを作る為に豪商が競うように子供を入学させようとするが審査が厳しいらしく商人の子供の割合は多くはない。
そんな学園の今年の入学人数は二十五人。
この数字は特段多い訳でも少ない訳でもなく、一クラスに纏められる為、数字だけみれば一番扱いやすい人数らしい。
最も、今年は四大貴族の令嬢が四人とも入学するから扱いやすいとは言えないんだろうけどね。
咲き誇る花々を目の端で眺めつつ、寮まで一人で移動する。
いつもの面子と一緒に行動してもよかったんだけど、四大貴族とコネを作ろうとする多くの生徒に話しかけられて足止めをされていたんだ。
もちろん私の元にも相応の人数が集まっていたけどなんとか対応を終え、今に至る。
「ここが私の寮かー。名前は確か……。」
「ミハエラ寮ですね。火をつかさどる女神から取った名前らしいですよ。」
これから私の暮らす家を見上げていると後ろから声が掛った。
独り言に反応があってちょっとびっくりだ。
今回はたまたま見知った相手だからよかったけど、安全が確保されていない場所では言葉遣いを油断しないよう気を付けなければ。
「リオさん!代表の挨拶、素敵でしたわ。お疲れになったのではなくて?」
「いえいえ、皆様の前でお話して緊張は致しましたが、こんな機会は滅多にありませんからね。光栄だという気持ちが上回って疲労なんて感じる暇がありませんでしたわ。」
周囲に人目は無さそうだけど、野外だから二人とも猫を被る。
正直この言葉遣いは疲れるから早く部屋に入りたいわ。
リオちゃんも同じ気持ちだったみたいで後で会う約束をして一旦解散となった。
私たち四人は希望が通り同じ寮になれたから会うだけなら簡単に会える。
内緒話をするにはなかなか難しい部分もあるんだけどね。
私の部屋は三階建ての寮の二階の東側一番奥だ。
与えられた部屋の扉を開け、中へ入って間取りを確認する。
リビングが一つと部屋が二つ。
リビングは五人くらいなら十分に寛げそうな広さはある。
二つある部屋は広い物と若干狭い物が一つずつ。
特別華美ではないが、しっかりとした造りになっており、住み心地はよさそうだ。
貴族の部屋としては少々手狭ではあるけど、前世基準なら十分な広さかな。
トイレとバスルームが一緒なのはマイナス点ではあるけど、個室にバスルームがある事は非常にありがたい。
部屋が二つあるのには理由がある。
この学園で寮生活をする者は、寮の中での生活をサポートする者として従者を一人連れてくることが認められているからだ。
伯爵家以上の令嬢は特別な事情が無いのであれば、身の回りの世話をするメイドを連れてくる。
子爵家は経済状況に応じて連れてくる者も居れば連れてこない者もいる。
男爵家の者も連れてくる場合もあるが、その割合は子爵家よりもさらに少ない。
伯爵以上の家は見栄もあり、経済状況が落ち込んでいても連れてくるのだそうだ。
私は学園内で一人で着るのが難しいドレスを着る機会なんて殆どないからメイドなんていらないと断ったんだけど、お父様とお母様に猛反対を食らい、仕方なく一人連れてきている。
こういうところが地位のある家の面倒な部分だね。
つまり、小さいほうの部屋はメイドの居住スペースとして用意されたものだ。
メイドを連れてきた以上、誰かの部屋に集まって内緒話をするという事が非常に難しくなってしまっている。
特に私たちの場合、それがかなり重要な問題なんだよね。
私の部屋の一部に居住スペースがある以上、出ていけとは言いずらいし自分の部屋に戻って貰ったとしても相談が漏れ聞こえていたら色々面倒だし。
かといって内容が分からないようにこの世界の言語を使わずに日本語で話していたら未知の言語で話す怪しい集団の出来上がり。
うーん、会話の内容が漏れない場所を探すのに苦労しそうだ……。
目標は2~3日に一話更新